技術の粋がとらえた大将
顔を曇らせる部下の妄想を、葵は手を振って追い払う。
「向こうが先に撃たなきゃ大丈夫だ。早く準備しろ」
「はあ、ただ今。軍上層部のご来訪はないんでしょうか」
「そんなもん、率先して来るか。恋しけりゃ赤絨毯持って迎えに行ってやるといい」
「いえ結構です」
くだらない会話をしているうちに、時間がすぎていく。嫌がっていた面々も、ぶつぶつと呟きながら重い腰をあげた。
「……人数が増えるんだったら、これどけた方がいいんじゃねえの」
「誰だよこんなに新聞積んだ奴」
皆てんでばらばらにおいていた荷物をロッカーに押し込むので忙しくし始めた。その横で葵は黙々と、マスコミが流し始めたテレビの画像を見つめた。最初に綿貫署長から送られてきた写真と比べ、変化がないのを確認すると、プロジェクターをパソコンにつなぐ。
それで葵のやることは終わってしまった。元から荷物の少ない葵は片づけと言ってもなにもやることがないのだ。
ようやく私物だらけだった室内がなんとか見られるようになったとき、ドアが開いてどっと屈強な男たちがなだれ込んできた。
八割がた、よく言えば迫力があり、悪く言えばガラが悪い。残りの二割は、ふつうに町中にいそうな顔をしていたが、目元がひきしまり一般人にはない妙な迫力があるのが見て取れる。
「遠路ようこそ。作戦立案担当の三千院です。そちらのリーダーはどなたですか」
葵がすっと立って出迎えた。値踏みをするように室内を見回していた男たちの間に、小さな驚きの声があがった。互いに目を見合わせた後、先頭にいたゴマ塩頭が口を開いた。
「き、君が指揮官か?」
「正確には有園三佐が指揮官ですが、現場の細かい指揮は一尉の私が担当します。細かい質問等は私にしてくださった方が確実かと」
「そ、そうは言っても、いくつだ君は」
「この前の五月で十三になりましたが」
葵が言うと、室内が一斉に警官たちの怒声で満たされた。
「じゅ、十三だと? 軍部はこの事態を軽く見ているのか」
「軽く? なにをおっしゃいます、一般人が巻き込まれた重大事件です」
「なら何故、君を起用した」
「コネと実力です。文句は一緒に仕事をしてから言って頂けると助かりますね」
葵はそういいながら、つかつかと自分の机に近づき、プロジェクターの電源を入れた。ぱちりと軽い音がして、壁に映っていた青一色の画面が消える。それに変わって、ぱっと映し出されたのは、白い壁のまぶしい室内の画像だった。
「なんだこれ?」
「どこの画像だ」
「俺、どこかでみた覚えがあります」
「思い出せ! 今すぐだ!」
ぶつくさ騒いでいた警官・兵士の顔色が一瞬で変わる。壁の画面ににじりより、些細な情報も見落とすまいと目を凝らした。
「お、おい。誰か映ったぞ」
上品な装飾の部屋を、上半身裸で腰簑のみを身に付けた男たちが動き回っている。彼らはみな一本しかない足を器用に使い、飛び跳ねながら一定のペースで室内を巡回していた。
「こいつら妖怪じゃねえか。どこだ、どこから来てる映像なんだ」
「思い出した! これ、鈴華のコンサートホールですよ!」
さっきから頭を抱えていた警官の一人が、ぱっと顔を輝かせた。続いて、「そうだ」「間違いない」と二、三人が声をあげた。
「ほ、ほんとか? 何で知ってる」
「あそこの吹奏楽部は強豪で、定期演奏会を何回もしてるんです。それで行ったことがあります」
「しかし、鈴華の人間は今人質になってるんだろ? 自由なんかないはずなのに、誰がこんな画像を送ってきたんだ」
その問いに答えられるものは誰もいなかった。沈黙が流れる中、葵が不意にボールペンでかつんと机を叩いた。
室内の全員の視線が葵に集中する。その中で、葵は悠々と自分の椅子にふんぞり返ったままこう言った。
「私の手配です」
ふん、とのけぞった高慢な態度に憤りを感じるより先に、一同はなんとも言えぬ恐れの感情を抱いたようだ。さっきの怒声はなりをひそめ、ひそひそと同僚とささやき合う声が聞こえてくる。
「デバイスですか」
「ああ」
警察より立ち直りが早かったのは、葵のやり方に多少免疫ができてきた直属の部下たちだった。
「なにをやったんです」
「コンサートホール内にいるうちの姉貴が、学内の防犯カメラを根こそぎ乗っ取った。これでリアルタイムで、カメラの設置場所ならどこでも画像確認が可能だ」
「そんなことが可能なんですか」
「ネットワークさえあればどこでも泳ぐぞ、それがオモイカネだ」
「しかし、よく気づかれずに起動できましたね。一体どうやって」
部下が画像を見ながら、葵に質問する。葵はそれに答えるため、ホール内の画像をスクリーンに映し出した。客席に人質たちが集められ、さっきの一本足たちと同じような姿の男たちが、棍棒片手にじろじろと遠慮のない視線を投げかけている。
「どこですか」
「これ」
カメラの画像がいったりきたりした。葵がいくつかキーをいじると、客席の一部にカメラがズームする。
肩幅の広い茶髪の少年と、大柄な女生徒に挟まれた小柄な少女が映し出された。彼女は気分でも悪いのか、頭をだらりと下げて顔を完全に隠している。ちらりとその体の脇から、ぬいぐるみの姿が見えた。
「この人が一体何を?」
「よく見てろよ」
葵はカメラをズームのまま固定する。しばらく赤い馬を握りしめていた彼女の手が、ぱっと離れ、ピンクの熊に移動するのが映った。もぞもぞと腹を押している指の動きが、なにやら妙にせわしない。なでると言うより、パソコンのキーを押しているような動きだ。
「あのぬいぐるみ、まさか」
「ああ。あの中に遠隔起動装置のスイッチが入ってる。別のぬいぐるみには盗聴器、また別のぬいぐるみにはGPS。ちょっとした後方支援装備一式だな」
おかげでぬいぐるみを取り付けた鞄がずいぶん重くなった、と響がこぼしていたものだ。しかし、面倒くさがりの彼女には珍しく、労を厭わず持ち歩いていたおかげで、こうして非常事態に役に立っている。
「さあ、奴らの編成を見せてもらうとするかな」
謎がとけたところで、葵が再びカメラを切り替える。コンサートホール内の複数のカメラを切り替えたが、映るのは皆、似たような姿をした一本足の男たちだけった。
「混在してはいないのですね。ホール内にいるのはすべてイッポンダタラです」
「次、体育館のカメラにうつるぞ」
こうして葵はこまごまとカメラを移動させていき、正確な敵の数と種族、その配置を明らかにしていく。集めた情報は、パソコンの傍らに張られた構内見取り図に逐一記載されていく。最初は白かった図が、見る間に敵を示す赤点で染まっていった。
「最後に、各クラスの教室がある奥の棟にいきます」
「よく見てろよ。親玉がいるかもしれん」
今まで画像を見てきた結果、特に知能の高そうな種族はいなかった。全員、まだ見ぬ総大将の姿をとらえようと画面に顔を寄せる。
「誰だ、誰が首領だ」
「あれか?」
葵が、画面の端に映っている小さなぼろ切れを指さした。全員の緊張がふっと途切れ、葵を馬鹿にしたような笑いが室内に満ちた。
「なんだ、ありゃただの雑巾じゃねえか」
「それよりも、こっちの図体のでかい方が親玉だろう」
ぼろ切れの周りを、ふらふらと大きな顔をした鬼が飛び回っている。刑事たちは見た目の派手なこの鬼を指さし、口々にこちらが首領だと言った。
「そいつは鬼女だ、人間の肉を根こそぎ食う。直接出会いたくはない相手だが、知能の方は大したことない」
葵が反論した時、画面の片隅でぼろ切れがのそりと動いた。今にも崩れ落ちそうな布の隙間から、ちらりと小さな顔がのぞき、一瞬カメラの前にその横顔があらわになる。
一同の顔からどっと血の気が引いた。布から見えた頭は人間の子供ほどの大きさだったが、肉が全くついておらず、頬が大きく落ちくぼんでいる。
大きな黄色の目は絶えず何かを探しているようにきょろきょろと左右に動いた。何か傍らの鬼にしゃべりかけているのか、時々口が動くが、その中にはぼろぼろになった小さな歯がびっしり生えていた。
妖怪慣れしている軍属たちも、屈強なテロ対策班の刑事たちも思わず一歩二歩後ずさり、冷や汗が出ているものはあわててそれをぬぐった。室内で涼しい顔をしているのは、葵一人だけだった。
「なんだ、これは」
「俺も初めて見る」
刑事の問いに、葵がぶっきらぼうに答えた。傍らの部下に顔を向ける。
「画像はとったか」
「さっきの横顔だけですが、あります。もっと寄りますか」
「ズームで撮影しておけ。さっきの画は専門家に送れ」
部下がカメラ画像をデータに落としたのを確認し、葵は卓上の電話のキーを押した。
「どこにかけてんだ」
「ママが恋しくなったのか?」
「刑務所」
刑事たちのあてこすりにも、葵は全く動じず斜め上の答えを返す。予想外の答えに、刑事たちはお互い顔を見合わせた。




