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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
籠中の獅子たち
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飼われる立場を思い知れ

 怜香と大和は、ほぼ同時に響たちの前に出て、彼女たちをかばう姿勢になった。間もなく、目の前に侵入者たちが現れた。


「でかいな」


 大和が一言もらす。きっちりとひと塊になって現れた男たちは、いずれも人間よりはるかに大きかった。高身長の大和と比べても、軽く倍はある。入口からそのまま侵入してくることなど不可能だったのか、男たちが皆手にしている大きな槌には、ガラスや建材のかけらがこびりついていた。


 皆、目が皿のように大きく丸い。そして、眼球がひとつしかなかった。目は顔の中央にでんと位置しており、ぎろりと怜香たちを見下ろしている。


 上半身にはなにもつけておらず、ひとりを除いて皆揃いの腰蓑を身につけている。蓑からにゅうと生えている足は全員一本しかなく、移動するときは基本跳ねて移動していた。なるほど、この人数が跳ねれば地が揺れるわけだと怜香は妙に納得した。


「人間、答えろ」

「奥、にもいるか」


 ひどく片言だったが、それでも男たちは人間の言葉を話した。この前の天狗たちよりは知能が高い種族だ。怜香が言いよどんでいると、焦れた集団が奥に向かって歩き出した。


「探せ」


 ひときわ大きく、一人だけ真紅の腰布をまとっていた個体が、ホールへ続く扉を指差す。おそらく彼が長なのだろう。指示をうけた男たちが、再び地響きをあげながら扉へと直進した。


「殺すなよ」


 長が声をかけた。男たちは頷き、空いている方の手で扉を叩く。もともと鍵がかかっていなかったので、扉はすぐに大きく開いた。ホールから聞こえてきた演奏が、男たちの進む地響によってぴたりと止まる。事情をすぐに飲み込めないのか、ざわつきだすまでしばらく時間がかかった。


「な、何する気よあんたたち」


 蘭子が声をあげる。怜香と大和は男たちの様子をじっと観察していた。


「大人しくしてろ」


 前のめりになっている怜香たちの姿を見て、長が声をかけてきた。ほかの男たちより知能が高いのか、彼だけほぼ人間の発音に近い日本語を話す。


「抵抗しなければ、なにもしない」

「……」


 嘘をつけ、と怜香は思った。大和も同じことを思っているのだろう。顔を思い切りしかめている。疑っているのがばれると相手の心象が悪くなるので、あんまり顔に出さないでほしいのだが、彼にそれを言っても無理だろう。


 がたがたとホールの中から物音が聞こえてきた。一体中で何が起きているのだろう、と怜香は耳をすませる。


「お前たちも、入れ」


 長が顎をしゃくった。ここで抵抗しても勝ち目はないし、軍人とばれても損なだけだ。とりあえず今は言う通りにしておくべきだろうと怜香は考えた。


 大和と響の様子も見たが、彼らも抵抗する気はないようだ。蘭子一人だけがおろおろして、さっきの勢いを完全に失っているが、これは経験の違いだろう。


「行こう、らんこ。言う通りにするしかない」


 響に促されて、蘭子もしぶしぶ動き出した。周りを一本足の男たちに囲まれながら、ホールの扉をくぐる。中は、思っていた以上に本格的なつくりだった。一階にずらりと客席が並ぶ。この広さなら、ここだけでも数百人収容可能だろう。


 さらに上に目をやると、二階三階にも客席が並んでいた。天井付近に大きな丸窓があり、そこから光が差し込んでいる。音響の関係か、内部はタイル張りではなく、木製だった。


 ステージ上に、さっきまで練習に使っていたパイプ椅子と譜面台、楽器たちも置き去りにされていた。生徒達は、ステージ前、中央列の客席に座らされている。最後の席に、顧問の清水がいた。


 怜香たちも座れ、と言われて清水の隣から席を埋める。清水がちょうど入口から見て一番左の席だったので、その横から一丞・都・怜香・大和・響・蘭子の順で腰かけた。


 椅子は品の良い臙脂の布張りで、クッションもよくきいている。空調設備もまだ健在のようで、暑さも寒さも感じない。人質にされているにしては、まずまずの状況だろう。


 外に通じる全ての扉は、見張りとの連絡のためかほんの数センチだけ開いている。しかし扉の前には、一本足の男たちが最低でも二人、多いところでは四人陣取っていた。これでは外の様子は全く分からないし、携帯が使いたければトイレにでも行くしかないだろう。相手に行かせてくれる慈悲があればの話だが。


 怜香が嫌な想像をしたところで、外に行っていた一本足たちがぞろぞろとホールに帰ってきた。その男たちに、長が何やらむにゃむにゃと話しかける。彼らの間でしか通じない言語らしく、けっこうな大声で会話しているにも関わらず内容はさっぱりわからなかった。長を取り囲む男たちが一斉に首を横に振ったところで、会話は途切れた。


 長はステージの上に立ち、着席している一同をねめつけながら口を開いた。


「俺はイッポンダタラ族の長、ゴーライ。この学び舎は我々が占拠した。お前たちは、今から人質だ」


 座席のそこここから悲鳴が上がる。不安を少しでもまぎらわそうとしているのか、隣同士で抱き合う生徒もいた。


「おとなしくしていれば、なにもしない。ただし」


 そこまで言うと、ゴーライは右手に持っていた槌を振り上げた。持ち手の先には、よく磨かれた、大人の頭ほどもある石がついている。人間では持つことすら困難な槌を、彼は何の躊躇もなくステージに向かって叩きつけた。


 槌は軽々とステージの木材を食い破り、大穴をあけた。木のささくれの向こう側に、ぽっかり暗い闇が口を開けている。割れた木材から生じた生木の匂いが、ふわりと客席の上まできた。


「逃げれば、殺す」


 ゴーライに倣い、周りの男たちも槌に手をやる。ずらりと同じポーズをとった姿から、単なる脅しではない凄味が伝わってきた。


「た、頼みがある」


 左から張りのある男性の声がした。見ると、清水が小刻みに震えながらも、言葉を絞りだしている。


「人質が要るにしても、こんなに数は必要ないはずだ。一部でいいから開放してくれないか」

「全員逃がすわけにはいかない。安い英雄きどりは今後やめることだ。貴様もまだ死にたくはあるまい」


 ゴーライは首だけ回して、清水の顔を見ていたが、槌を構えたまま言い放った。ホール内に、びりびりと声が響き渡る。


「わ、分かった」


 清水はそれ以上の抵抗はせず、引き下がった。正直清水が殺されるのではと身構えていた怜香は、どうやら惨事にはならずにすみそうだと胸をなで下ろす。


 この緊迫した状況で、一般人でありながら言葉を発するとは流石、と怜香は額の汗をぬぐっている清水を見ながら思った。名門吹奏楽部を率いて全国に何度も挑戦しただけあって、なかなか度胸があるようだ。ただ、あまり妖怪たちを刺激しないでほしいとも思う。 

 

 イッポンダタラの男たちは、ゴーライと清水のやりとりの間も、微動だにせずじっと持ち場を守っている。一番近いところにいる見張りの視線がずれたのを確認して、怜香はそろそろと自分のポケットに手を伸ばした。


 葵から何か指示が来ているかもしれない。ささいなことでも、情報が伝われば彼の助けになるはずだ。


 怜香の指先が冷たい金属に触れた瞬間、調子っぱずれのロックがホール内に響き渡った。


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