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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
籠中の獅子たち
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知識の神は諦めが早い

 今まで、誰もいなかったはずの室内に、どっかりと獣面の女が座っていたのだ。


「主に向かって随分と言いたい放題だこと。開戦交渉から姿を見せなかったとはいえ、だらけ過ぎだ」

「申し訳ございません、天逆毎様」


 嫌みのたっぷりこもった視線でじろりと睨みつけられ、従僕たちは慌てて平伏する。特にボロクソに言っていた少年の伏せ方が深い。


「ご無事でよかったです」


 室内の気まずい沈黙を最初に打ち破ったのは、銀髪の青年だった。それに続いて、赤毛の少年が話しだす。


「ねえねえ、最後の交渉の使者どもは、手ごわいのが来てましたか? 僕も行きたかったなあ」

「よしとくれ」


 そう言いながら、天逆毎は手にしていた盃をひねり潰した。酒がたらたらとつたい、ささくれだった畳をぬらす。


「名のある武将でも来ておれば、よい見せしめになったものを。来たのは、口だけ達者な鼻つまみ者ばかりさね。なんの効果も楽しみもありゃしない」

「こちらの意図を読み取っていたものがいた、ということですか」

「腹立たしいがね。ありゃ、明らかに体のいい首切りさ」


 ふむ、と青年はそれを聞いて考え込んだ。端正な顔に皺がよる。


「富永にしては珍しく、合理的なことをしてきますね」

「あれは富永じゃないね。考えたのは、明らかに別の奴だ」


「ほう。……あなた、心当たりはありますか」


 青年が坊主の男に問う。坊主の男は杯を傾けながら話しだした。


「富永に取って代わろうとしてるのは、三千院って家だな。数代前まで、古いだけで金も権力もねえただの家だったが、先代と今の当主になってからは飛ぶ鳥を落とす勢いだぜ」

「へえ、人の世はいつも目まぐるしいこと」


 私がいればもっと荒れるだろうけど、と金髪の女がうっとりと彼方を見つめた。過去の栄光に思いをはせているのだろう。


「そしてついに、三千院秘蔵の鬼っ子が軍隊に入ったらしい。富永の金玉がさぞや縮みあがってるだろうよ」


 坊主の男はここまで話すと、苦い顔をして天逆毎に正対した。


「この男の口出しのせいで、加陽山の作戦の結果は散々だったんです。せっかく潜入させてた部隊の大半を虐殺してよこしてきやがった。こっちも、やり返してやらなきゃ気が済まねえ。首の四つや五つじゃ、話にならん」

「血を望むのですね」


「ああ。一人でも多く、むごたらしく殺してその死骸を食ってやりますよ。……五十年前は邪魔が入ったが、今度こそ邪魔はさせねえ」

「しかし、戦端を開くのが早すぎやしませんか。天逆毎さまのおっしゃっていた、最終手段が使えるようになってからでも良かったと、私は思いますがね」

「相変わらずお前は腰が重いなあ」


 盛り上がっていたところに銀髪の青年が水を差す。うんざりした様子で坊主男は頭をかいた。


「いーじゃん、どうせあと五年なんでしょ? そんなのあっという間だよ。それくらいなら、十分戦えるよ」


 赤髪の少年が、腕を振り回しながら坊主男に味方する。金髪の女もそうそう、と同意した。


「そうだよ。少しは私たちが遊ぶ時間もくれないとさあ。あれが使えるようなったら、一瞬で勝負がついちゃう」

「お二人が言いたいことも分かりますがね。勝負事は勝たなければ意味がないんですよ」


 部下たちがああでもないこうでもないと議論を飛ばし合うのを、天逆毎は面白そうに見ていたが、そろそろ収拾がつかなくなってきたのを見て取って、がんと傍らの柱を叩いた。建物全体がぐらりとかしぎ、部下たちの口論がようやく止まる。


「もう十分かえ」

「は、はあ……」


「各々意見はあろうが、決めるのは妾だからねえ」

「はっ、それは勿論」

「佐門」


 天逆毎が名を呼ぶ。坊主の男が、ひとり進み出て平伏した。


「お呼びで」

「佐門、指示していた件は上手くいったかえ」

「は、滞りなく。結界壁も無事完成したと報告が入っています」


「ほう、流石だね」

「ありがとうございます!」


 佐門が上ずった声でかしこまる。そら見たことか、と言わんばかりに後ろの青年を見返した。青年の端正な顔が歪むのを見て、天逆毎が口を開く。


「氷雨、お前の言うことも正しいさ。しかし、今、皆は溜まった鬱憤を晴らしたい。その要望も入れてやらんとね」

「いえ、出過ぎたことを申しまして」


「心配し過ぎるのは長所でもあるがね。たかだか五年程度で負けはしないから、安心しておいで」

「はい」


 氷雨と呼ばれた青年の表情が明るくなる。それを見届けて、天逆毎は再び佐門に語りかける。


「さて、佐門。これからの話をしよう。しくじるんじゃないよ」


 天逆毎がぼそぼそと話しだす。一言一句聞き逃すまいと、佐門は身を固くした。今回、出番がないとわかった残りの三人は、残っていた酒に次々と手を伸ばす。そうして、奇妙な一行の宴会は続いた。





 葵に現在の状況を全て伝え、怜香は通話を切った。――といっても、まだコンサートホールの中に取り残されているため、全体を把握できたとはとても言えないのだが。


「大和くん、携帯持ってる?」


 怜香は大和に聞いた。大和は頷く。


「コンセントはあるけど、充電器はない。それに、いつまで電気が通じているかはわからないわ。いざという時のために、使える携帯をひとつは残しておきたいの。電源切ってくれる?」

「ええで。どうせあいつからの連絡は怜香ちゃんの方に来るやろうし」


 大和はそう言いながら電源を落とした。スマホの画面が、鮮やかな赤から真っ黒に変わる。


「は、早く逃げなきゃ!」


 今まで呆然と立ち尽くしていた蘭子が、入口に向かって駆けだす。恐怖で硬直している足の動きがぎこちない。


 怜香は人が殺到するのでは、と思って前方の入口を見ていたが、まだそこは閑散としていた。吹奏楽部の生徒はリハーサルのためにステージに詰めているため、異変に気付いていないのかもしれない。


「もう無理」


 響が言う。さっきまでのらくらと動いていた彼女が、蘭子の腕を掴んで引き止めた。


「何!?」

「待って。入口に近づいたら危ない」

「何言ってんのよ。今逃げなかったら、もう脱出のチャンスがなくなっちゃう。ひーちゃんも早く!」


 蘭子にいくら急かされても、響は彼女の袖口をつかんだまま、ぴくりともしない。焦れた蘭子が響の正面に回った。


「一体こんな時に何やって……」


 かなりの剣幕でまくしたてていた蘭子の口が、響の手元を見てぴたりと止まった。


「それ、どうしたの。パソ部の備品?」

「これは私の」


 響がくるりと体を回転させる。怜香はこちらを向いた彼女の機嫌をうかがおうとして、最も感情が出やすい目のところへ視線をやった。


 しかし、その試みは成功しなかった。彼女の目は、深緑の分厚いゴーグルでびっちり覆われていたからだ。普通の水泳ゴーグルとは違い、目の周辺を半円状の機械が完全にふさいでいる。機械の表面には時々、数字の羅列がぴかりと光って表示され、また別の数字に切り替わった。


「見えてるんですか」

「うん。管理システムのコンピュータにつないだ。現在学内のカメラは全て私の監視下にある」


 響は淡々と話す。怜香は葵に聞いて、この人のデバイスのことを知っていたが、大和はぽかんと口を開けている。


「これ、私のデバイス。オモイカネ」


 当初オモイカネは思想や思考を集める知恵袋的なデバイスであった。戦闘にはさして効果がないと当初思われていたのだが、響がその能力をコンピュータと同調させた途端、鬼神のように働きだした。


 もともと情報好きだった奴が、ネットの広大な海に放り込まれればそりゃそうなるだろ、と葵が呟いていたのを怜香は覚えている。


 今ではハッキングまでこなせるほど、ありとあらゆる電子の海を自由に泳ぐようになっていると聞いていた。情報取得が著しく制限されるこの状況で、オモイカネの存在はとにかくありがたい。


「……目立つから今回これをつける機会はなさそう。隠して操作する。とりあえず監視カメラの映像を軍本部に送るよう設定しといた」


 会話が途切れたとほぼ同時に、ずんと地面が揺れる。響があわててゴーグルを外し、制服のポケットにねじこんだ。

 地響きは徐々に大きくなっていく。窓のガラスがびりびりと震え、かかっていた写真が左右に大きく揺れ始めた。



 何かがこちらに近づいてくる。


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