リア充はご遠慮ください
天逆毎が死んだはずなのに、アメリカでは小さなねじ穴が継続的に発生している。
原因は不明だが、地震と同じで大きな変化があった後の余録なのかもしれない。
──ついては、前言を撤回するのでとっとと戻ってこい。
彼の言い分をかいつまむと、こういうことだった。で、それに対する要の返事は。
『クリスマスには帰ってやる。それまで自分でなんとかしろボケ』
根に持ってる。
一回いらないと言われたことを、姉は象のようにずっと覚えていた。滅多にないことなので、よっぽど腹が立ったのだろう。
それ以降のやり取りにはまるで参加していない。
(これはやっぱり、返事しておくべきだよな……)
葵は画面に指を滑らせる。
『姉貴の説得に一役買ってもいい。費用は応相談』
「これでよし」
とりあえず無視の状態は解除した。葵がささやかな自己満足にひたっていると、着信音が鳴った。
「ん?」
早速ヘンリーから返信があった。
『三日以内に決断させられるなら、一億ドル出す』
「……本気か」
今のところ出現しているのは小型種のみだと聞いているが、向こうは事態を相当重く見ているようだ。
『三日は無理だ。ハロウィンくらいでなんとか』
『一週間。それ以上は待てない』
「……困ったなあ」
口ではそうつぶやきつつ、葵はぽちぽち文字をうちこむ。
『じゃ、その話はなしで』
「これでよし」
資源と金と領土がたっぷりある国を甘やかしてもいけない。自立のスピリッツを尊重しよう。
「坊っちゃま、車の用意ができましたよ」
スーツ姿の一丞が迎えに来た。葵は端末を靴箱に置いて立ち上がる。
「いいんですか?」
「俺のじゃない。姉貴のだ」
「何かに抗議するようにけたたましく鳴ってますけど」
「気のせいだろ」
よくできた一丞は、それ以上何も言わずに口をつぐんだ。
「さ、行くか」
葵は大きく伸びをして、車の方へ歩き出す。
☆☆☆
リアムは目を開けた。すると目前一センチほどのところに、要の顔がある。
(こ、これは……夢?)
リアムは何度か、目を開閉させてみた。しかしその間にも、ぐんぐん彼女の顔が迫ってくる。
「い、いやちょっと待って……」
自分はまだ、彼女に勝つという目標を達成していない。それでことを致してしまっていいのだろうか。
『リアム、迷っているのですね。それは良いことですよ』
心の中の天使がささやく。そうだ、僕はまだ彼女との約束を果たしていない。それを肝に銘じておかないと。
『なんでそんな面倒くさいことを。向こうから来てるんだぞ? チャンスじゃないか』
せっかく覚悟を決めたのに、心の中の悪魔が現れてしまった。すぐに天使と悪魔が、角をつき合わせて議論を始める。
『しかし彼女のことです。条件に合わない男など、結局捨てられてしまうでしょう』
『ふん、わかるもんか。そもそも彼女、約束のことを覚えてると思うか? 大体のことは忘れてるだろ』
『そうかもしれない』
弱いな、僕の心の天使。
『次はいつ機会が巡ってくるかも分からないんだぞ』
『確かに』
『さあやれ! ぶちかませ!』
『外さないように狙いを定めるのですよ』
ついに天使と悪魔が同じ事を言い出した。リアムは呆れつつも、体を起こす。
(ええい、なるようになるさ──)
リアムが覚悟を決め、手を伸ばした次の瞬間。目覚ましの音が鳴った。
「あ」
途端に要の姿がかき消え、殺風景なリノリウムの天井が目に入った。
部屋の中でリアムは一人、固いベッドに横たわっている。そして右手だけを、阿呆のように上へつき出していた。
「夢か……」
冷静になると、さっきまでの状況がおかしかったことがすぐにわかる。リアムはため息をつきながら、上半身を起こした。
(しかし、なんであんな夢見たんだろ。今までそんな──)
枕元の水を手に取り、口内を湿らせる。そして松葉杖を探したが、ベッドサイドに見当たらない。
昨日は確かに、枕元に置いたはずなのに。そう思いながら、リアムは視線を横へ滑らせた。
「がふっ」
とんでもないものが、目に飛びこんできた。リアムは衝撃で飲んでいた水を詰まらせ、ひたすら悶える。
「ん? 何じゃ、感染症か」
大荷物を抱えたドクターが入室してきた。うめくリアムを見て眉をひそめる彼に、大丈夫だと手を振ってやる。
ようやく普通に話ができるようになってから、リアムはドクターに例のブツについて聞いてみた。
「……あれ、何ですか?」
「等身大抱き枕」
分からない。何故枕が等身大で、しかもそこに要の全身図がプリントされている必要があるのか。リアムの思考は、混乱するばかりだった。
「これはな、遠く離れた彼女をせめて近くに感じていたいという、切ない思いが詰まった商品なのじゃ。決して怪しくない」
怪しくないと自分で言う奴は大体怪しい。しかし寂しい気持ちはリアムにも分かった。
「遠いところの彼女か。ちょっとロマンチックだね」
「……まあ、大体使用する奴らの場合、次元も違うんじゃが」
「?」




