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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
故郷のための栄光
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彼だけが知らない

 一定のリズムでの呼吸は、精神のコントロールに欠かせない。何度か繰り返すと、ディランは大事なことを思い出した。


「アロワナとトミカはどうなったかな」

「もはや一文字しか合わなくなったじゃないの」


 後ろから冷たい声をかけられた。そこには、目に怒りを宿したマリアナがいた。


「まあまあ。……僕、頑張ったんだよ」

「知ってるわよ。そうじゃなかったら一発お見舞いしてるわ」


 彼女の後ろにうごめく蛇たちが、その言葉が嘘でないことを証明している。


「でも、ありがとう。あんな強い個体に、よく勝てたわねえ」


 さっきまで死にかけていたというのに、モニカはいつもと変わらずにこやかだ。こんな女性とつきあえたらなあ、とディランは悔しがる。


「アイロンが牛糞に溺れればいいのに」

「ほう」

「しまった、本音が通信に」

「俺はお前のことをチームメイトだと思っていたのになあ。友達甲斐のないやつめ」


 通信機の向こうでカチカチ鳴る金属音が怖い。


「まあタイロン。ディランだって本気じゃないわよ」

(ありがとう。君こそ、この殺風景な地に咲いた薔薇)


 ディランは両手を胸の前で組んだ。


「それにね、タイロンに何かあったからって、私はディランと付き合ったりしないわ。タイプじゃないもの」


(綺麗な薔薇にはトゲがある)


 タイロンが無線の向こうで露骨に吹いているのがなんだか悲しい。


「ねえねえ、ディラン。そんなことより、どうしてあのモンスターに勝ったのか教えてくれない?」

「そうね。あんたたちの喧嘩はどうでもいいけど、それは知りたいわ」

「だったら話すよ。あんまりたいしたことじゃないけど」


 傷ついた心を無理矢理奮い立たせ、ディランは口を開く。


「あいつは頭の上に二本のアンテナを持ってた。最初は単なる触角かと思ってたんだけど」


 しかし上空から見てみると、触角らしきものの付近だけ、毒霧の流れが微妙に変わっていた。


「その時分かったんだ。あれは通風管だって」


 魚のように水中で呼吸できるわけではなく、角から空気を取り入れなければ生存できないとしたら。


「そこさえ狙えばいけると思った。だから、自分を囮にして、その間に鼠が触角を攻撃した」

「仕掛けとしては単純だな」

「ずいぶんあっさり決まったのね」

「本当。そのボウフラさんも、もっとそこを守っていればよかったのに」


 女性陣がつぶやく。しかしディランは、簡単にボウフラが愚かだと言い切ることはできなかった。


「……知らなかったのかもしれないよ。あそこが自分にとって大事な器官だと」

「そんなわけないでしょう」

「自分の体よ?」

「そりゃ、僕たちには医学ってものがあるからね。でもその知識がなかったらどうだい? どこが動いているから考えられるのか、食べられるのか、走れるのか……即答できる?」


 ディランが言うと、女性たちは無言で顔を見合わせた。


 人間でさえ、近代まで医学は暗黒の時代だった。笑えたものではない医療法が、記録としていくつも残っている。


「ただ、気付くヒントはあったけどね」


 一回目のディランの攻撃は、ボウフラの目、喉元に集中していた。だから二回目の時、化け物はそこを重点的に守ったのだ。


 しかし、それは賢明とはいえない。


「確かに多くは当たったよ。でもそれは、致命的な損傷じゃなかった」


 本当に守るべきだったのは、攻撃されても耐えられるところではない。そこをやられたら沈んでしまう急所である。


「だから守りを変更するか、逃げるべきだったんだよね。今となっては、遅いけど」


 ディランがそう言って話をしめくくると、そこにいた女性陣が一斉にため息を漏らした。


「え、何? どこかおかしかった?」

「ううん。とてもよく分かったわよ。けど」


 口ごもったモニカの後を継いで、マリアナが言う。


「あんたそれだけ考えられるくせに、なんで毎回人の名前は間違えるわけ?」

「それは僕にもよくわからない」


 ディランは即座に言った。人体には解明されない謎が多いのだ。


「とにかく、同一個体が出てこないか注意して。早めに撃墜してくれたらホットドッグおごるよ」


 マリアナが喜びの声をあげる。モニカがその後にのんびりと、「私は二本にしてね」とつぶやいていた。



☆☆☆



「大した婆さまだわ」


 体に似合わぬ大きさの銃を抱えながら、みやこの横に陣取った少女がつぶやく。都は、改めて少女の横顔を見つめた。


 毛先をゆるくカールさせた金髪。太い眉も同じ色に染めている。幼児用人形のように目と鼻が近い童顔だ。その上がっつり青のコンタクトを入れているので、とても日本人とは思えない。ひびきほど天然美少女ではないが、そこを目指しているのは間違いないだろう。


「あんまジロジロ見んのやめてけれ、ばちっ子よ」

「都じゃ」

「そうかい。じゃ都よ、やめてけれ」


 うむ、とうなずいて都は視線を前へ戻す。それと同時に、船が大きく揺れた。


(全く、ゆっくりと話す暇もないのう)


 都は立ち上がり、刀を抜く。しかしそれが動くより速く、隣の少女が引き金を絞った。


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