表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
故郷のための栄光
647/675

老婆の奮戦

「見えたぞ!」


 真っ先に声をあげたのは、愛してやまない末孫だった。確かに彼女の指さす先に、異形がでんと根を下ろしている。


 あれが生物なのか、ゆかりは一瞬判断に困った。上半身は鳥のようだが、下半身はどうしても樹木である。


 飛ぶための体と、根を下ろすための体。相反する概念が、一体の獣のうちに詰め込まれていた。紫は思わず、その異形に目を奪われる。


「婆さん、他にもいるぞ」


 かなめが言う。確かに、異形の周りの海が揺れていた。


「出来る限り引きつける。穴は頼むぞ」


 そうだ。天魔雄あまのさくの他に脅威が、もう一つ。


「分かった」


 守りの鏡は、全て問題なく機能している。要が暴れても、余波なら受けきれると断言できた。


 返事を聞いて、心底嬉しそうに要が笑う。次の瞬間、紫でも分かるくらいはっきりと空気が震えた。


 異形たちも危険を察知し、いぶかしげに周りを見る。しかしそこを探しても、原因は永遠に見つからないだろう。


(上よ)


 異形の頭上に、巨大な光球が浮かんでいる。彼がそれに気付く前に、球からばちっと火花が飛んだ。


 そしてさらに光球が大きさを増す。


「成長した……?」

「いや、落ちておる」


 みやこの方が正しかった。光球はぐんぐん速度を増しながら、怪物めがけて落下してくる。


 その光が異形とぶつかった瞬間、すさまじい音と光が一気に放出された。雷雲の中に放り出されたような衝撃をうけて、紫は唇をかむ。


(大丈夫。耐えられる)


 必死で自分にそう言い聞かせる。扇を持った手に、わずかに汗がにじんだ。


 その時、肩に温かい手が乗せられる。


「ばあば。もうすぐ終わるでの。心配いらぬ」


 都だった。にこにこと花のように笑いながら、紫の隣に立っている。


「どうしてそう思うの?」

「なんとなくじゃ。じいじもねえねもそういうことがあるらしいから、遺伝かの」

「へえ……」

「ほら、言うておる間に消えてきた」


 都の言う通りだった。光は徐々に薄くなり、次第に目が外の景色に慣れてくる。


 紫はまず、自分の横に並んでいる艦を確認した。無事な姿が目に入ると、体がふっと軽くなる。


 それからあわてて、顔を正面に向けた。横で都が呑気に「ほう」と声をあげている。


 異形たちは変わり果てた姿になっていた。首が落ちた物、体をえぐられたもの、焼け焦げたもの。もうこちらを襲う元気はなさそうだ。


「のう、大丈夫じゃったろ」

「本当ねえ」


 自分より強くなった孫を見て、紫の涙腺が緩む。己の至らなさを嘆くより、嬉しい気持ちの方が先に立った。


(──ああ、そうか)


 心の中でくすぶっていた疑問に、紫は一つの答えを見つける。


(たかのん、分かった気がするよ)


 何故まつりが、ああもあっさりと最後を迎えたのか。ずっと不思議だった。せっかく巫女の任務を終えたというのに。


(守りたかったものは、自分じゃなかったんだね。孫たちと、若者全ての将来だった)


 老いてみて初めて分かることがある。若さの危なっかしさと、尊さが。知らぬ事は多けれど、彼らの姿はたくましい。


 きっと人は、後の世代を楽しみにしてしまう生き物なのだろう。生命に限りがある故に。


「都、ばあばはやりますよ。だから、サポートお願いね」

「心得た」


 胸を張る末孫をその背にかばい、紫は一歩を踏み出した。ハトホルが十分に効果を発揮できるよう、位置を調整する。


「ねじ穴……」


 あの時の紫にとっては救いだった。でも今は、この世界に災いをもたらすものだ。


「ばあば、出てくるぞ!」


 都が声をはり上げた。紫は扇を構え、それに負けじと叫ぶ。


「ハトホル!」


 ちょうどねじ穴から、巨大な竜が体を回転させながら現れるところだった。固い物でも砕いてしまうような分厚い頭蓋を持ち、体にも無数の棘がついている。


「絶対、行かせない!」


 ハトホルの大鏡が、ねじ穴を正面から完全に塞いだ。勢いよくつっこんできた竜が、鏡にぶち当たって苦悶の声をあげる。


「ぐっ……」


 竜の攻撃はしつこかった。一見して危険そうな頭より、体がこすれた時に与えられるダメージの方が大きい。


「なら、これはどうかな!」


 紫はハトホルに命じ、もう三枚鏡を出す。すでに出している鏡の内側に。


 見慣れぬ物体の出現に、竜が一瞬戸惑う。しかしすぐに気を取り直し、内鏡へ体をぶつけ始めた。


「あら、残念」


 攻撃をうけた内鏡は簡単に砕け散る。もとからそんなに丈夫に作っていないのだから、当然だが。


「そこへ行っちゃったら、後は地獄よ?」


 紫は指をはじく。砕け散った内鏡が、鋭い破片となって立ち上がった。それは竜の回転をすり抜け、本体に次々と突き刺さる。


「攻防一体、いっちょあがり」


 紫がほくそ笑む。竜はひとしきりのたうち回った後、細かい塵と化して消えた。


「よしっ」

「良いことがあったのかの」


 人外の自分と違って、都は何十キロも先の詳細まで見えていない。それでも雰囲気でなんとなく察しがついたらしい。


「ばあば、勝ちました」

「おお、めでたい」

「帰ったら何か買ってあげるから、よく考えておきなさい」

「……それは私が言う台詞ではないのか?」

「いいの。ばあばは浪費したいのっ」

「またとと様が怒るぞ」


 都相手にだだをこねていた紫だったが、不意に口をつぐむ。そして空中をにらんだ。


「また新しいのが来た」


 今度は鋭い鋏のような口を持った芋虫が、鏡を切り裂きにかかっている。どんな世界とつながってるのよ、と紫は悪態をついた。


「都、ばあばもうちょっと頑張る」

「うむ、励むがよい」


 ようやく手に入れた、望む世界。それを失ってなるものか。紫は気合いを入れるために、扇で自分のこめかみをはたいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ