すれ違うコンビ
「ふうっ」
とどめは刺さず、塚原は敵の頭上を抜ける。横でばりばり、と紙が破ける音がした。
九丞の鷹たちが、飛び回る唐傘たちを食い破っている。彼も殲滅ではなく、進行方向上にいる敵だけを片付けていた。
「飛行種もいますねえ、やっぱり」
「ですが、強敵はいません。このまま高台を取りましょう」
「分かりました。指宿ちゃん、俺たちはもう高台につくぞ」
薬丸の食い残しを片付けながら、塚原は本部に語りかけた。
「了解です。高台にいる敵はほとんどヒヒ族──つまりおサルさんですが、隠し玉がいるのは間違いないでしょう。そいつの撃破が最優先です」
「わかった」
「あと、後続部隊が入れるように門も確保しといてください」
「はいはい」
塚原は適当な返事をしつつ、目の前に迫った陣地をにらむ。薬丸がすでに、防壁上の妖怪たちを片付けていた。……一緒に斬られた砲の修理代がいくらかかるかは、考えないことにしよう。
「九丞さん。入り口の解放を頼みます」
「薬丸さんが済ませたのでは?」
「薬丸ですよ。そこまで気が利きませんって」
塚原が肩をすくめると、九丞が笑った。
「後続が来るまでは、ほどほどにしてください」
「大丈夫、無理はしませんよ」
彼が言うなら心配要らない。塚原は安心して、壁の中へ身を踊らせた。
「キエーイ!」
九州剣術特有の叫び声が、耳に飛び込んでくる。塚原は手で外耳を覆いながら、音のする方を見た。
刀を上に掲げた蜻蛉の構えから、次々と威力の高い袈裟斬りがくり出されている。薬丸に迷いが一切ないため、少しでも対応が遅れた妖怪は頭から真っ二つにされていた。
(……攻撃の型は、そんなに数がないのにねえ)
薬丸が使っている剣術は、荒っぽく分類してしまえば袈裟斬りと逆袈裟の形しかなく、とても読みやすい。しかし相手に動く隙を与えず襲いかかる勇猛さが、弱点をカバーしているのだ。
──と、分析している間に、薬丸は始めにいた猿たちをあらかた斬ってしまった。
「新たな敵、モニターで確認できました。詰め所方向、注意」
ナビ通り、新手がやってくる。さっきより手の長い猿たちが、建物の上から薬丸に大石を投じ始めた。
「ぬおっ」
さすがにこれは、薬丸も困ったようだ。切り捨てようにも、四方八方から飛んでくる。彼は構えを解いて逃げ回るが、すでに包囲は完成していた。
「ええい!」
薬丸は舌打ちをしながら、しきりに目をしばたく。それを見た猿たちが、一斉に甲高い声をあげた。
「──笑ってる場合かなあ」
位置取りを変えながら、塚原が小さくつぶやく。
「なぎ倒せ、石舟斎」
刀が空間を移動する。直後、猿たちの乗っていた柱が根本から斬り倒された。
「キキーッ」
滑り落ちた猿たちが、迫ってきた薬丸を目にして慌てふためく。だが、もう遅い。
「はっはっは、好機好機!」
剣が届くところにいる者を、薬丸が見逃すはずがない。あっという間に増援の猿たちも死体と化した。
ここでようやく、敵の波が途絶える。
「上からの様子はどう?」
「……陣地の中にこもってるのか、親玉らしき奴はこっちからじゃ見えませんねえ。内部カメラは全部壊れてますし。外にいる雑魚は、門を突破されまいと入り口付近に集まってます」
「わかった。引き続き頼むよ」
「ふうー」
薬丸が刀を下ろし、派手なため息をついた。
「これで終わりということか?」
「そんなはずないでしょ。でも、さっきみたいに多数で囲まれることはないと思う」
九丞が門のそばで暴れていると聞くと、薬丸は面白そうに手を打った。
「それはいい。奴ら、さぞ困っているだろう」
こんな動きのゴリラのおもちゃがあったな。塚原がこっそりそう思っていると、無線が鳴った。
「九丞です。今、後発隊が追い付きました。間もなく入り口が確保できるでしょう」
「さすが」
「後輩が優秀ですので。ただ、一般兵が追い付いてくるまではここにいなければなりません。そちらは大丈夫ですか?」
構わない、と塚原は答えて通信を切る。
「御大はしばらく来られないそうだよ」
「おう。まあ、問題あるまい。俺たち二人のコンビネーションがある」
「どの口が言う?」
塚原は本気で聞いた。
「ほら、さっきのウインク。打ち合わせもなかったのに、ちゃんとお前は動き始めた」
「ウインクだったのか……」
正直、全然わからなかった。
「どこからどう見ても立派なものだろう」
「両目つぶってちゃウインクにならないよ」
「馬鹿者。人間、片方だけ目をつぶるなんて器用な真似ができるか」
あまりに薬丸が力むので、塚原は実際にやってみた。
「…………」
「横で必死に練習してるとこ、悪いけどね。出てきたよ」
敵がやって来た時特有の、不気味な空気が塚原の肌をなでる。
「陣地中央──隊舎外壁が破壊されました! 中から大型種、来ます!」
隊舎の間に作られたグラウンドに、猛り立った馬が躍り出る。体からぼたぼたと、血の汗が流れていた。
「……でかいな」
塚原は思わずつぶやいた。馬はもともと大きいものだが、出てきた個体は通常種の三倍はある。
妖馬はぐるぐるとトラックを回りながら、間合いをつめてくる。少しでもこちらが隙を見せたら、すぐに飛びかかってくるだろう。
「手伝うかい?」
「いや、いい」
薬丸が断言する。塚原はそれ以上聞かなかった。




