この世は皆、欲にて踊りし舞子なり
「すみません、この行事中は毎年、しょうもない男がさかってくるもんで。てっきりいかがわしい何かが起こってるのかと思っちゃって。ひーちゃんのお知り合いならそんなことないですよね」
「そうですよ」
一丞が抗議するが、大和は答えなかった。自分が『しょうもない男』の一員である自覚はあるらしい。
「蘭子さんは何しにここへ?」
「うちのヒロインを確保しに来ました。ほっといたらいつまでもここで寝てるに決まってますから」
「よくご存じで」
一丞が蘭子を褒め称えた。えへへ、と蘭子が素直に喜ぶ。笑うときつい印象が消えてなかなか愛らしかった。
「それは忘れない」
響が抗議の声をあげたが、ナマコのようにだらしなく寝そべったままの体勢では説得力もくそもなかった。
「はい立つ! これから衣装着て、リハーサルして、ベストの状態で舞台に上がるのよ!」
「たて、たつのじゃねーね」
蘭子が奮闘し、都が説得してようやく響を椅子から引き剥がした。引き剥がされてもなお、響は打ち上げられたクラゲのようにだらんと腕を下げている。
「気合い入ってますね……」
高いテンションにやや引きながら怜香が言うと、蘭子が胸を張って答えた。
「そうなんですよー」
「なんか訳でもあるんか?」
「実はですね、うちの文化祭はお客さん・生徒・教師の投票で、高得点をとったクラスには特典が出るんですよ。そのせいで、各クラスでシレツな競争があるわけで」
「へえ。何がもらえるん?」
「盾と副賞――学内フルーツパーラーの入場券です」
「俗っぽいなあ、副賞」
大和がげんなりしたようだ。確かに、裕福なお嬢さんが食券を争う図はあまり合わないと怜香も思う。
「いやー、お金は普通に払うんですけどね。優先して入れるんですよ。有名テーマパークのパスチケットみたいなもんです」
「すごく並ぶから」
「もうひっどいんですよ。みんな同じ所に行くもんだから、待つばっかりで」
響と蘭子が口々に待ち時間のすさまじさを語る。手を変え品を変え行列のすごさが語られ、最後には某遊園地よりすごいんですと蘭子がしめくくる。
「そないに混むんなら、学外で食べたらええやん」
「うちじゃ親がうるさいですもん。外だと、ここしか生フルーツ置いてないんです」
「……戦争が始まったせいで、陸路での輸送がかなり敵に妨害されてる」
もちろん、皆いいところのお嬢さんなので家に帰ればそれなりのものが出てくる。しかし、友達だけで遊んで、そのついでに新鮮な果物を使った菓子が食べたいと思う時は当然ある。
そういう場合、みんな学内のパーラーを選択するようになっていた。
席取りをしようにも、全員もれなく授業で拘束されているため、時間をずらして行くことはできない。そのため、体育祭や文化祭の優勝クラスにのみ与えられるチケットは大変な人気で、行事のたびに全力で戦うのがお約束なのだという。
「この前の体育祭ではしてやられましたが、今回は違います。なんてったってひーちゃんですよ! こんな美少女が劇に出るとなったら、男はもちろん女だってメッロメロになりますから! チケットはいただきますよ。だから頑張ってね!」
「へえ……それで、これからどうする?」
「ひーちゃん、CD受け取ったら体育館行くよ」
「……良きにはからえ」
ミューズ、響はこれから色々やることがあるらしい。どうやらここからは別行動のようだ。大和はせっかく巡り合った美少女とお別れと言われ、分かりやすく取り乱している。
「あ、そうだ。よかったら、ちょっといいもの見られるんで、そこまでだけ一緒に行きませんか?」
「喜んで」
蘭子の提案に、大和が食い気味に答えた。あまりにも必死なその様に、お目当ての響が引いている。
「何を見るの?」
怜香が聞いた。蘭子は拳王のごとく拳を突き上げ、こう答えた。
「うちの部活の中で、間違いなく一番レベルが高い部。吹奏楽部の子たちに、会いに行きましょう」
一行は蘭子の後を追うようにぞろぞろとコンピューター室を出た。理系棟を出て、左手に進むとさっき見た丸い建物がまた見えてくる。
『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた立て看板の横を、今度は蘭子を先頭にして堂々と進んでいく。
内部は、壁や床はもちろん、天井まで真っ白な石造りだった。ロビー部分は吹き抜けになっているので圧迫感がなく、広々としている。
天井からは大きな抽象画が印刷された垂れ幕が下がり、冷房の風があたってかすかに揺れていた。
「いやー、本格的やなあ」
「ほんと。あ、クロークがある」
「なんせ全国大会、金賞常連ですからねー。この前は海外まで行ったし。学校側も気合入ってますよ」
正面にホールに通じる大きな茶色の扉がいくつも見えるが、蘭子はそこには目もくれずに右折する。細い通路を抜けて、つきあたりの扉をノックする。開くと、わっとにぎやかなトランペットの音が聞こえてきた。
高音担当のトランペットであるが、きつい印象は全くなく、ふわあっと音が柔らかく広がる。大きいが、一方的に押しつけられたような強引さはなく、自然にすっと耳に入ってくる。
個人個人が相当な実力者なのだろうが、誰か一人だけ悪目立ちすることもなく、音の重なりが展開されている。
素人が一回聞いただけでも、『これは、大したものだぞ』と思うということは、少しでも吹奏楽をかじった人間が聞いたら、やる気を喪失してしまうのではないだろうか。
夢中になって聞いていたが、とうとう金管の音が止んだ。休憩に入ったらしく、部員たちがばたばたと楽器にたまった水分を抜いている。
蘭子は慌ただしそうな部員たちをじっと見つめていた。どうやら誰かを探しているようだ。やがて一人のぽっちゃりした少女に目を止めると、そちらに向かって駆け寄った。
「ナベちゃん」
「ああ、らんこ」
ナベちゃんと呼ばれたぽっちゃり少女が振り返る。彼女は顔のラインも丸く、笑うと福の神のようだ。
「例のブツ、取りに来たよ。出来てる?」
「もちろんよ」
ナベちゃんは、壁際に置かれたバッグに歩み寄る。ありとあらゆるファスナーにアイドルとおぼしき男子のキーホルダーや缶バッジがぶら下がっており、もはや鞄に見えない。響だけが特別ではないのだな、と怜香は思った。
「はいよ。ぎりぎりまでクオリティを追求した一品ですぜ」
「忙しいのに悪いねえ」
「ま、どーせ毎日練習はするからね。練習の音でいいのならいくらでも。それより、報酬は」
「分かってますよ。はいこれ。カズくんのライブ限定Tシャツとフェイスタオル」
蘭子は紙袋から包みを取り出し、彼女に差し出した。ナベちゃんは飛びつくように受け取って小躍りする。
「へへへへへ」
「嬉しそうじゃん」
「嬉しいよー」
「まあ、練習練習でライブ前に並ぶのも無理だからねえ。なかなか買えないでしょ、こういうの」
「そうなんだよね。なんせ顧問のセンセーがこれですから」
ナベちゃんはおどけて、両手の人差し指を立ててこめかみの横にくっつけた。鬼のポーズだが、彼女がやるとなんとも微笑ましい。一行にうけたのをいいことに、ナベちゃんは左右に動きながら鬼のものまねを続けた。
「おもしろいのう」
ナベちゃんの動きは都にも受けがよく、きゃっきゃと小さい腹を抱えながら笑っている。
「うしろのおじちゃんと、よくそろっておる」
「え?」
ナベちゃんがぴたりと動きを止めた。おそるおそる振り返ると、ところどころ白髪の混じった髪を乱した男性が同じ動きをしながら微笑んでいる。一瞬で彼女の顔が大きく引きつった。ということは、この人が顧問の先生なのだろうと怜香は思った。




