体力だけは急には増えぬ
「……面白そうだ」
「五十出そうか」
「危ない橋を渡るにしては少ないな。確か二百はそっちにあるはずだが?」
「卵を全部同じ籠の中に入れられるわけがない。君は素人か」
「こっちは頑張って三十は出す。そっちも七十くらいは賭けてみないか」
「六十」
「七十」
「……六十五はどうだ。補給艦もつけてやる」
「決まりだ。現場の細かい話は担当官にする。交代してくれ」
「わかった」
ヘンリーが立ち去った。するとすぐに、要が日本語で話しかけてくる。
「うまくいったみたいだな。しかし最後の話、ありゃなんだ」
「艦の話だ。合計六十五隻に補給艦をレンタルだぞ。運用費を考えるだけで涙が出てくる」
「ほーん」
これ以上の生返事があるだろうか。裏方の苦労をこの姉に説いても無駄なのだ。
「なんだ、そのニートを見るような目は。ちゃんと、ここにあった盗聴機の類は全部寝かしといてやったぞ」
「おい」
「士官より先に警備が来そうだなあ」
だから、と要は一段声を低くして言った。
「ここだけの話があるんなら今言っとけ。幸い大統領は、英語以外はさっぱりだからな」
「相変わらずそういうところは気が利く。まず、砲台の攻撃を絶対に艦に当てるなよ」
「そんなことするかよ」
要は怒りをあらわにするが、葵は釘をさしておくのを忘れない。
「前例があるからな。飛行装置とか」
「それはもう解決した」
「……終わったのか、『あれ』は。俺もざっくりしたことしか聞いてないが」
「こっちのラボは優秀だからな。X線検査もクリアしたぞ。ドクター説得するのが大変だったがな」
要の「二度目の失敗」をうけて、本気で対策が練られた様子だ。これなら、大丈夫だろう。
「じゃあ、その話はこれで終わりだ」
「ふんふん」
「真面目に聞け。姉貴は砲台そっちのけで本体に突進しそうだからな。一発でも艦に当たってみろ、どっちかの国が滅びるまで忘れてくれんぞ」
「かわいくない弟だねえ。そっち側が失敗するリスクだってあるんだぜ」
「姉貴より確実だ。うちのばあ様だからな」
「へえ、そりゃいいや。防御に関しちゃあたしより上だし、素直。しかしお前、さっきおっさんには詳しく言わなかったよな」
葵の仕事においては、言ったことはもちろん『言わなかったこと』にも意味がある。
「下手に口にしたら、それもよこせと言われるに決まってるだろう。あっちの方が戦い慣れしてるんだから、少しは俺たちがいい目を見たい」
「悪いねえ」
「お代官様ほどでは」
日本人にしかわからない冗談を言うと、要にはうけた。
「それとな……体とは別に。気にするなよ」
「何が」
「自分が逃がした相手が、アメリカで暴れただろ。罪悪感持ってるかと思ってな」
葵が言うと、要の笑いが止まった。
「何も感じねえわけじゃねえさ。ただ、わめくより先にすることがあらあ」
「ならいい。最終作戦の前に、聞いておきたかっただけだ」
会話が長くなった。傍らのヘンリーは、さぞかし気を揉んでいることだろう。
葵がそう考えたとき、通話口の向こうが一気に騒がしくなった。早口の男たちが、互いに火急の用だとしゃべりまくっている。
「警備と担当の官だな。同時に来たわ」
「南無」
しばらくは大変……いや、大事なところだろう。ここはヘンリーに花を持たせようと決めて、葵は凝り固まった背筋を大きく伸ばした。
☆☆☆
「頭、山が……」
出たときは確かに緑の木々に覆われていた鞍馬山が、今は見る影もない。
蜂の毒液によって枯れた木も多く、山の下半分は丸裸に近い状態だった。天狗たちが手入れしてきた社や石碑も、倒されて瓦礫と化している。
「頭、あれっ」
天狗たちが、山の中腹を指差す。そこには、両手両足を砕かれた岩巨人たちが無惨に横たわっていた。
「あいつらまで出したのか」
「一、二……六体、全部やられてます」
「急ごう」
村の最後の守りも突破されてしまっている。敗走はすでに始まっていると見てよかった。疾風は唇をかむ。
さらに天狗たちを嘲笑うように、地上から黒い霧がのぼってきた。
「なんだあの霧……」
「霧じゃねえ、全部蜂だっ」
「受け身をとれ、やられるぞ」
天狗たちは直ちに応戦した。しかし、蜂たちは一気に懐の中まで入りこんでくる。
「ぐぁっ」
「梅、倒れたら食われるぞっ」
「わかってるよ、んなこた!!」
一対一なら負けなどしない。多対一でも、法力があればうまくいなせる術を身に付けている。
ところが今は、葵たちの護衛で法力を使い果たした。対して蜂たちは、天狗一体に何十という数で襲ってくる。
「寒さで動きが鈍ってるんじゃなかったのか!?」
あちこちで悲鳴が上がる。疾風は低い声で答えた。
「こいつら……新種だ」
疾風が天逆毎のところで見たものより、一回り大きい。
(寒さに適応して、姿を変えたか)
この短時間でめちゃくちゃな話だが、今の状況ではありえる。
「ばらけたら狙い撃ちにされるぞ! 固まって、敵のいないところに出ろ」
疾風は指示を出す。しかし蜂たちも集団になって、降下をかたくなに拒んだ。
「こいつら……」
「あくまで村に行かせねえつもりか」
「俺らの状態も筒抜けか。かわいくねえ」
鳥も天狗も、ずっと飛んでいるわけではない。気流に乗ったり、地上で休んでいる時間が必ずあるのだ。
しかし今、鞍馬山は無風に近い。しかも地上に降りることすらできないとなれば、ひたすら自力で羽ばたき続けるしかないのだった。
万が一力尽きれば、待ち構えている蜂たちの海の中。二度と生きて上がってこられないだろう。
「悪い……頭……もう限界……」
「あっ、こらっ!」




