電子の森の美女
ホールを入り、エレベーターでまっすぐ五階まで上がる。鋼鉄の箱から出ると、真っ白な壁に薄青のドアがずらりと並ぶエリアに出た。
大和も校舎内までは把握していなかったようで、案内図を持っている怜香の後におとなしく従って歩く。
そのさらに後ろでは都がドアを開けようとして、あわてて一丞に止められていた。
そうやっていくつかのドアを通りすぎた後、怜香は一つのドアを開けた。
ずらりと並んだ机に、横一直線にコンピュータのモニタが並ぶ。
椅子の音がしないように室内には薄い灰色のカーペットが敷き詰められている。ほとんどのモニタは黒く沈黙したままだが、一つだけが青白い光を放っていた。その光に引き寄せられるように、怜香たちはその方向に向かって進んだ。
光るモニターの前には、ひとりの少女が座っていた。背をぴんと伸ばし、薄い茶色の髪を頭の両側で束ねている。
結び目は頭の上側にあり、豊かな髪量のおかげで、ふわふわしたツインテールが頭を動かすたび小刻みに揺れている。その傍らには、小型のぬいぐるみが山になって積まれていた。
彼女が一つキーをたたくと、画面に表示されていた甲冑のキャラクターがくるくると回る。どうやらゲームのキャラクターらしく、彼の後ろには城下町の背景が広がっていた。
何回転かさせた後、彼女がキーの操作をピタリと止め、ひとつ頷いた。怜香が話しかけるタイミングをうかがっていると、
「こんにちはー」
大和がいきなり声をかけた。怜香ははあ、と頭を抱える。
「……誰」
ツインテールの彼女は、不機嫌をにじませながら数ミリずつ首をこちらに向けた。
「おおおおおおおおおおおお」
その顔を見た瞬間、大和がすさまじい勢いで髪を整え出し、無理に筋肉を強調するように腰を引いてポーズをとった。
急にどうしたんですか、と一丞が首をひねっていたが怜香には分かる。振り向いた彼女が典型的な美少女だったから、アピールしたいのだ。孔雀の雄が羽を広げているのと一緒である。
怜香が少し細い目で大人っぽい顔立ちなのに対し、目の前の少女はくりくりした大きな目がでんと顔の中央にある。
都も目が大きいが、それよりもさらに黒目がちでまつ毛も長く、二重もくっきりしている。もちろん肌は抜けるように白く、しみひとつない。昔の少女マンガの典型的なヒロインを漫画から取り出したら、この人になるだろうなと怜香は思った。
彼女があくびをしながら立ち上がった。身長は非常に低い。制服はサイズがなかったのか、袖が余って手が半分隠れている。
ブレザーのポケットに、作業に使っていたらしい大きなゴーグルが無造作に突っ込まれていた。
「ひびきねーね」
「うん、良く来た良く来た」
都が少女に飛びついた。響と呼ばれた少女は緩慢な動作ながら、しゃがんで妹の労をねぎらう。
突如室内にアラームの音が鳴る。少女は驚いた様子もなく、ぬいぐるみの山を引き寄せた。
あ、崩れるな、と怜香は思ったが、予想に反して全ての個体がずるずると一緒に移動してきた。良く見ると、各ぬいぐるみは鞄につけられていて、下の鞄を引っ張ると全員まとめてついてくるようだ。
ぬいぐるみが多すぎて下の鞄が全く見えない。重くないのだろうか、と怜香は思ったが本人は全く気にした様子もなく、鞄から携帯を取り出し、音を止めた。
「作業中にすみません」
「……いい。最終チェックももう終わった。時間通り」
「なあ、怜香ちゃん。ねーね、っちゅうと、このお方は」
「葵のお姉さん――響さん」
大和の問いに怜香は答えた。うへらうへらとやに下がっている大和の顔が怖い。
「に、似てへんなあ。しかし、お美しい」
「あそこ兄弟姉妹は、タイプは違えど全員美形だからねー。並ぶと壮観よ」
「ということはあいつは毎日あんなことやこんなことが」
「全員身内だって」
怜香と大和がわちゃわちゃと話しているうちに、傍らで見ていた響が大きくあくびをし始めた。寝られてはかなわないと、怜香は慌てて彼女に向き直った。
「響さん、今日は招待してもらってありがとうございます。あ、葵は仕事が入って遅れるって」
「……そー。適当にね」
それだけ言ってしまうと、響はまた椅子に沈みこんで長い脚をぶらぶら振りまわしている。だるそうに顎を天井に向けて、何を見るともなしに眼球を動かしているその姿に、大和はかなり動揺していた。
「なに、俺、嫌われたん?」
「もとからこういう人ですから気になさらず。うちでのあだ名はナマケモノです」
大和が一丞にひしっとすがりつく。呆れた様子で一丞がフォローを入れた。
「……怠惰って素敵」
「褒めてませんからね!」
投げやりな響に一丞が怒った。が、響は相変わらずべったりとだらけきった体勢で椅子に身を沈めている。
この人はできるだけ頑張らない、好きでないことはしないことを人生の至上目的としているらしい。
部活も数多の勧誘を受け流し、活動がきつくなく自分が好きなパソコン同好会を選んだと葵から聞いている。
しかしどうやってこのナマケモノを演劇に出させたのだろう、と怜香は思う。よほど口のうまい生徒がいたのだろうか。
「ねーね、しばい、がんばるのじゃぞ」
「……立ったまま寝なかったら褒めて」
「何の役なんですか?」
何も知らない都は無邪気に応援しているが、あまりに役柄が気になったので怜香は口を挟んだ。
「……巫女。目をつぶってふらふら踊るだけ。最後に目を開いて台詞ひとこと。それで、おしまい。細かい準備、不要」
なるほど、うまいこと考えたなと怜香は思った。これだけ可愛いのだ。演出者としては大根だろうがナマケモノだろうが、絶対に彼女を舞台にあげたいだろう。が、台詞が多い役だと本人が絶対に首を縦に振らないに決まっている。響の性格をよく踏まえた配役だった。
怜香がもっと詳しく劇の内容を聞こうと、響との距離を詰めた時、入り口のドアが開く音がした。
「ひーちゃん!」
「らんこ」
右手に持った紙袋をばさばさと鳴らしながら、ずかずかと乗り込んできたのは、これまた少女漫画の世界の住人だった。ただし、主人公を苛める側の役どころによくいるキャラに似ている。
背の高い少女で、豊かに伸びた髪が、顔の下あたりから縦にきっちりと巻かれている。一見ゆるい巻きの仕上がりに見えるが、これは美容師の腕が良いのだろう。こういう派手な巻き方は、下手にやるとケバくなってしまうのだ。
気の強そうな二つの目が、今にも捕り殺さんばかりにこちらを見つめている。目そのものは大きいのだが、目がつりあがっているため迫力ばかり増してしまい、あまり可愛さはない。
「こら、そこのっ」
縦ロール嬢が口を開いた。あまりに相手が怒っているので怜香は身構える。もしかして、部室に勝手に入ってはいけないことになっていたのだろうか。
「うちの大事な大事なひーちゃんになにしてくれんのよ!」
想像もしていなかった台詞を浴びせられ、怜香は思わず前にのめった。苛めるどころか信者だったのか。
「こんな密室で! この卑怯者!」
「らんこ。……何もされてないけど」
「ほらごらん! 何もされてないって言ってるじゃない!」
この過保護ガールが自分の文法がおかしいことにいつ気付いてくれるのだろうか、と怜香は腕組みしながら待った。
「ん? 何もされてない?」
あ、気付いた。
「え、今どういう状況?」
怜香の目の前でごそごそと女二人で円陣を組み、話し合いだした。数分で誤解は解けた様子で、くるりと体を回して縦ロールがこちらに正対する。
「申し訳ございません」
そう言い放ち、縦ロールがきっちり頭を下げる。下げ過ぎて、最敬礼に当たる四十五度を超えほぼ直角だ。
「いやいや、顔をあげて」
怜香がそう言っても、まだ九十度のままだ。何回かうながして、ようやく身を起こす。ロール嬢は白鳥蘭子と名乗った。




