表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
故郷のための栄光
622/675

しぶとい男

御神楽みかぐら一尉!」


 ことが悲鳴に似た声をあげる。しかし夕子ゆうこはもっと恐ろしいことを発見した。


「……スキュラは、どこ?」


 つぶやきを聞いた琴が、辺りを見回す。


「あそこ!」


 スキュラはすでに、隼人はやとの近くに移動していた。河原に伏せていた蛇身が、にわかに起き上がる。隼人は、大妖二体に挟まれる形になった。


「最初からこの形を狙って……」


 隼人たちは、一対一の勝負のつもりでいただろう。しかし妖怪たちは、最初から決めていたのだ。──どちらかを先に片付ける。もう片方は、それからゆっくり始末すればいい、と。


(しまった……甘かった!)


 夕子は痛む体を起こす。


「隼人、逃げてっ!」


 隼人は横へ転がろうとした。だが、それよりぬえが口を開く方が速い。


「良い子ちゃんはこれが限界だろうさ」


 鵺の白い炎に混じって、スキュラの犬たちが隼人に襲いかかった。


 まず犬たちの一撃で、隼人の身体が上下まっ二つになる。血をまき散らし、うつろな目で宙を舞う死体を鵺の炎が根こそぎからめ取った。



☆☆☆



「あ……」


 あまりの惨劇に、夕子は顔を覆ってしゃがみこんでいる。彼女の気持ちを思うと、琴はかける言葉が見つからなかった。


(まつり様に続いて、隼人様まで)


 弱い自分が、ひたすら恨めしい。琴は唇をかんで、鵺たちを穴があくほど見つめた。


「やれやれ、やっと死んだよ」

「気を抜くんじゃない。さっさと倒れた男にとどめ刺しておいで。女たちを食うのはそれからだ」

「はいはい」


 スキュラが和泉いずみの方へ向かう。かっとして飛びかかりそうになった琴だったが、踏みとどまった。


「白い……?」


 血の赤か、焦げた黒か。どちらにせよこの場にあるのは、汚れた色のはずだった。しかし、琴の目に入ったのは混じりっ気のない純然たる『白』。


 なんだ。これは、なんだ。


 考えがまとまる前に、琴の顔を風がさっとなででいった。


「そういえば……」


 さっきまでやんでいた風が急に出てきた。琴はあわてて、和泉が倒れていた方向に目をやる。


 そこには、巨大な空気の塊があった。長い首と大きな羽を持つ、怪鳥の姿がそこにある。


 琴が身じろぎする間に、鳥が大きく左右の翼を降った。羽の一部が本体から離れ、三日月状に変化する。


 羽がすっと空中を舞った。その先には、スキュラの巨体がある。


「当たった……?」


 一瞬、何の変化もないように見えた。琴は思わずつぶやく。しかしその直後、スキュラの首がするっと下方へずれる。


(斬られている!)


 あまりに見事だったので、琴ですら気づかなかった。スキュラの首筋から吹き出す血を見て、夕子が青ざめる。


「ぐあ……」


 人間なら即死ものだが、さすがにスキュラは踏みとどまった。そして血走った目で和泉を見つめる。


「どこへ行ったア!!」

「答える義理はないけどな。ま、サービスしとこか」


 最初に倒れたところからさらに後方──もう琴たちから見るとシルエットに近くなる──に、和泉が立っていた。


 やはりさっき倒れていたのは芝居だったらしい。和泉は元気そうに手を振っている。


「お前らの考えとることくらい、お見通しや。芯まで腐った奴らが、急に善玉熱血になるはずないからな」


 そう言いながらも、和泉は攻め手を緩めない。巨大な鳥は、回りの空気を吸ってより存在感を増した。


「大阪での不始末を忘れたとは言わんやろなあ。相棒の変ななまず共々、人がおらん間に好き勝手やってくれたもんや」


 和泉が鯰、と口にした瞬間、スキュラに変化が起こった。今まで白目をむいていた瞳に、色が戻ってくる。


「カリュブディス……」

「ご立派なお名前やな」


 和泉がわざと茶化す。それを聞いたスキュラが、ますます怒りをあらわにした。


「殺した……貴様ら……」

「せやな」

「あっさりと……虫のように……」

「お互い様や。俺はお前みたいに、自分等だけ被害者ぶる奴が嫌いでな」


 和泉が手を下ろすと、鳥が大きく体をくねらせる。羽が刃となって、さらにスキュラに降り注いだ。


「貴様たちも同じ目に合わせてやるっ!」


 スキュラの執念はすさまじかった。刃の間をかいくぐり、和泉に向かって手を伸ばす。


「はい、失礼」


 しかし横から、人形がそれをはじき飛ばす。琴にも見覚えのある顔が、再び目の前に現れた。


「隼人様!」

「やあ、琴。五分ぶりくらいかな」


 隼人の服はすすけているが、本体は健康そのものだ。


(そうか、さっきの死体は人形か)


 琴はようやくそれに思い至った。紙とは思えない死に様だったが、それも計算のうちということか。冷えきった琴の身体に、ようやく血が巡り始めた。


(そうだ、鵺!)


 琴は思い出した。スキュラがいいようにやられるのを、じっと見ているようなかわいい性格ではない。


「河原にはいないわ」


 同じことを思ったのだろう、夕子がつぶやく。


 一つ目の罠は失敗した。今、あいつが狙うとしたら誰か──


「夕子さま、家の中の隊員たちはっ」

「まだ少し残って……」


 質問の意味を察した夕子が青ざめる。それと同時に、背後の建物が音をたてて崩れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ