復活の狼煙
「なんだ、ただ箱の中に入ってた奴らが何を言う」
「俺たちは暗いところが好きなだけだっ」
「だったら最後までそこにいろ」
痛いところをつかれた生首たちが、顔を真っ赤にして黙りこむ。
「それに引きかえ、俺たちの技の鮮やかなこと」
蛇はしゅっと顔全体をすぼめる。すると、離れたところにいるみかげの視界が暗くなった。
(視界を奪う能力……?)
一瞬そう思った。だが徐々に目が慣れてくると、自分の見ている物が何か気付く。
(これ……髪の毛や!)
しかも、いつも自分が無意識に見ているはずの肌や鼻先がない。ということは……
みかげが気付くと同時に、視界が元通りになる。得意そうな蛇の姿が、再び見えるようになった。
「見れば見るほど、大したことねえな」
高入道が腕を組む。そう、原理としてはいたってシンプルなのだ。
対象の顔についている部品を、別の場所に移動させてしまう。そういう能力を使うのが、あの蛇だ。みかげたちは、目を頭の後方へ移されていたのだ。
(……確か、『すいこみ』て妖怪がおったな)
ひっかかってしまった悔しさを噛みしめながら、みかげはアヌビスを動かした。
ところが、妖怪たちは軽くそれをいなす。歯ぎしりするみかげを、妖怪たちが嘲笑った。
「今更こんな手を使ってもね」
「無駄なんだよ」
すいこみたちに逆に布をつかまれて、また床に引き倒される。ようやく戻りかけた体の感覚が、痛みで塗りつぶされた。
「あの時気付いて逃げ出してりゃ、命だけは助かったかもしれねえのになあ」
「あっしら、面倒は嫌いなんでね」
「あの時……」
もつれる舌で、みかげはようやくそれだけ口にした。
体が回転したあの時、実は顔の各パーツも動いていたのだ。デバイス使いにどこまで通用するか、試したのだろう。
ただしそれだけやると最後の大仕掛けがばれてしまうため、体も動かして誤魔化した。そしてすぐに元に戻したため、誰も気付かなかったのだ。
得心したみかげを見たすいこみが、その平たい顔を近づけてきた。
「気付いた様子だね。もっと前に分かっていなければ、何の役にも立たないけどな」
「ぐ……」
言葉を失ったみかげの目の前で、すいこみの顔が変化していく。赤い亀裂が入り、それが大きな口になった。
いただきます、もないままに、その口がみかげに迫ってくる。ざくっと派手な音がして、大量の血が床を濡らした。
叫び声があがる。さっきまで座っていた妖怪たちが、にわかに立ち上がって騒ぎ出した。
「──本当に。もっと前に分かっていたら、逃げ出すこともできたのになあ」
目前の相手を哀れんでいる、低い声。
その声の持ち主に確証が持てた時、みかげは体中の力を振り絞ってはね起きた。
「アヌビス!」
さっきさんざん笑われた借りを、今この場で返す。みかげのデバイスは、宙に浮いていた生首たちをまとめて結わえ付け、床に倒した。
「塔子ちゃん!」
「うっす!」
かけ声に応じて、ぴくりともしなかった塔子が戦闘態勢に入る。彼女のデバイスが、床にいた妖怪たちをこそげとった。
「最大出力、行くよっ」
塔子が両手を合わせる。さっきより早く、念入りに皿が妖怪たちをすり潰した。
鼻血をたらしながらデバイスを操る塔子の姿は、なかなか恐ろしい。しかしこの場において最も怖いのは、みかげたちの前にいる双子だった。
彼らが武器をふるうだけで、手近な妖怪たちの頭が寸断される。なにが起こったかも分からないまま、倒れゆく個体が続出した。
室内だというのにごうごうと炎が唸り、みかげの頬を熱気がかすめる。
「全く、人が寝てるからって好き勝手してくれるね」
「…………」
彼ら──橘拓馬・佑馬の双子は、ドスのきいた声で言い放つ。やたらと喚き散らさない分、かえって彼の怒りが強調されていた。
☆☆☆
「片付いたか」
双子の参戦で、戦いはすぐにカタがついた。
「大丈夫か?」
拓馬に聞かれて、みかげはうなずく。
「あちこち打ちましたけど、デバイスがありますんで。骨までは折れてないと思います」
そう言いながら、みかげは立ち上がって腕を回してみた。
「あ、いたた……」
やはり完全とはいかないらしい。その様子を見ていた拓馬が苦笑いした。
「無理しちゃダメだよ」
「これでも士官ですから、痛いのには慣れてますよ。塔子ちゃんは大丈夫?」
ばつが悪いのを誤魔化すように、みかげは塔子に話を振った。
「鼻がちょっと……ねえ、曲がってません、これ」
塔子はしきりに鼻の具合を気にしている。確かに腫れていた。
「曲がってはないよ。腫れてるけど」
「えー、それならいいんですけどお。鼻はメイクで誤魔化せませんから」
「大物になるなあ」
もう完全に立ち直っている塔子を見て、拓馬がしみじみと言った。
「そうでしょそうでしょ」
得意げになっていた塔子の勢いが、途中から急にしぼんだ。胸の前で手を動かし、もじもじと動かす。
「……でも、半分はあのおじさんのおかげなんだよね」
あくまで半分自分の手柄と言い切るところがすごいが、一歩成長したと言えるだろう。みかげはあえて咎めずにおいた。
そこへ、タイミングよく倉町(2)が姿を現す。




