大妖、襲来
「ン?」
それをきっかけに、相手が退いていく。月見里は意外な思いで、敵の後ろ姿を見つめていた。
(……ここまで攻めてきたにしては、やけに諦めが良スギませんかネエ)
首をひねっていた月見里だったが、声がかかったので素直にそちらへ向かった。そろそろ、種明かしもしなければならない。
残間は今度こそ大の字になって、完全にへたばっていた。しかし、それでも月見里が近づくと、薄く目を開ける。
「……悪かったな」
「ウム。よろしい」
「成長するっていいな。こんな時じゃなかったらもっと良かったけど」
「成長?」
月見里が意外そうに聞くと、残間が冷や汗を流し始めた。
「何のことデスか」
「いや、だって……あの分身がまた出たやつとか……」
自分で語るのは恥ずかしいのだろう、残間は寝たまま身体をよじっている。
「デバイス能力がこんな短時間で成長するはずないデショウ。アニメやゲームじゃあるまいシ」
「え……」
残間が四肢を強ばらせたまま固まっていると、他のデバイス使いたちも集まってきた。
「何かに目覚めたとでも思ってたのか?」
「かわいいとこあるじゃないか」
周りから冷やかされて、残間は床に転がったまま歯をむき出しにした。
「だったらさっきのはなんだってんだよっ」
「単なる疲労回復」
月見里がしゃべっている間、残間は戦っていない。少しましになっていて当然である。
「そんなオチ……あり?」
「何を言うんデスか。貴重な経験を」
休むタイミングをつかんだだけで、今まで無理だったデバイスも使えるようになる。大事なのは、間の取り方だ。それを体で知っている者はそう多くない、と月見里は思う。
「戦場では、ちょっとの差が生死を分けるのデス。Sクラスの化け物でもない限り、みんな何らかの工夫はしてイマスヨ」
例えば、と月見里は自分を引き合いに出した。蜂をすぐに殺さず羽だけを落とすのは、その方が動き回らず少ない力で倒せるから。
実際に見た例だけに、残間はすぐに得心がいったようだった。
「わかった」
「オオ、君も変わってきましたネ。では、ここでご褒美をあげマス」
「あ?」
何を言われているかわからない様子で、残間が顔をしかめる。
月見里はそれを無視して、手を三回たたいた。すると、物陰からきまり悪そうにした一般兵たちが出てくる。
「おい……まさか……」
「はいソーデス。あの高台にいらっしゃった皆サン。間一髪で僕が間に合いまシタ」
月見里は笑いながら、さらに付け加える。
「本当に君のミスで人が死んだとしたら、僕はあんな手間をかけて諭したりはシマセン。黙って見捨てマス」
馬鹿に付き合うと人生を無駄にするから。月見里は心の中で、こっそりつけ加えた。一応手加減したのである。
しかし、残間はさぞかし勢いをつけてつっかかってくるだろう。そう予測して、月見里は待っていた。
(さて、右にかわすか左にかわすか)
ところが、残間は呆けたように口を開けたまま、地面に体を預けている。彼の手足は動くどころか、むしろ弛緩しているようだった。
「……はは……」
一同が見守る中、残間が口を開く。
「……なんだ、誰も死んでないのか」
ぽつりぽつりとこぼした後、彼はさらに言った。
「よかった」
同時に、残間は泣き出す。今度はひねくれていない、子供のような姿だった。
立っていた兵たちの顔も、次第にほころんでくる。ひとしきり皆で笑って、暗い雰囲気を外へ追いやった。
「さあて、これからどうするかね」
「新人君がようやくものになってきたからな」
「どうするも何も、休みが欲しいぞ」
「交代で仮眠する組を作ろう。じゃないともたん」
話はまとまった。早速じゃんけんが行われ、負けた者が見張り役になる。勝った方はにやにやしながら、同僚の肩をたたいた。
「まあ、気を落とすな」
「うるせえ、とっとと行っちまえ」
「言われなくても休んでくるよ」
明るい笑い声が室内に満ちる。その時、不意に壁が大きな音をたててへこんだ。
☆☆☆
燃えている。
黒煙を上げ、死の匂いを振りまいて琴たちの砦が燃えている。
(──火はさっき消したはず)
だから、これは夢なのだ。自分にそう言い聞かせた琴だったが、匂いはますます強くなるばかり。
そしてとどめに、警報が鳴った。
(夢じゃない。これではっきりした)
頭を振って立ち上がる。隣に座っていた岡埜も、愛用のチェーンソーを手にした。
「鵺だ! 鵺が来たぞ! 全デバイス使い、南手の守りを固めろ!」
雑魚寝をしていたデバイス使いたちが、今度こそ本気で飛び起きる。全員が南に向かって一直線に進んだ。
ぐずぐずしていては、全滅。その思いは、皆が共有していた。
「全く、何でこんな時にっ」
走りながら残間が愚痴る。
「こんな時だからデス」
月見里が冷静な突っ込みを入れた。
「……仕方ないでしょうね。全力は尽くしますが、Sクラスが一人もいなくては……」
岡埜はそう言って、しばし沈黙した。
「青天目三尉。いよいよ危なくなったら、夕子様と逃げてください。いいですね」




