表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
故郷のための栄光
603/675

挑発

 天逆毎あまのざこはどこまでも現実家だった。彼女の頭の中で、みるみる計画が組み上がっていく。


「私があの装置を破壊する。お前はここの監視を」


 天逆毎は胡蝶こちょうに言った。だが、胡蝶は顔をしかめる。


「本来なら、逆の方がよいのでは?」

「確かに、私は総大将さ。監視役をつとめたい気持ちはある。しかし、単純に相性の問題でね」

「相性?」


 胡蝶が眉をひそめた。


「あの装置、不浄なものが入らぬように強い結界で守られている。ああいう御物には、神の異名を持つ私の方がいいのさ」

「はあ……」

「不満だってんなら、今ここで私と力比べでもしてみるかい」

「ご冗談を」


 天逆毎がすごむと、胡蝶は首を横に振った。


「なら行くよ。せいぜい人間共に気を配りな。……このところ、妙に小賢しくなりやがってまあ」

「心得ました」


 胡蝶が流麗に頭を下げるのを見てから、天逆毎は飛び去った。


(相性、ね。誤魔化しとしては中の下か)


 それでも相手が信用すれば用は足りる。高速で流れていく下界の景色を見ながら、天逆毎はひとりごちる。


 本当のところは、相性などどうでもよかった。雑魚ならともかく、胡蝶なら人間の結界くらい破れるだろう。


(しかし、所詮は獣)


 天逆毎は『好意』や『忠誠』などというものを信じたことは一度たりともない。相手がどう出てくるか、そんなものはその時の状況によって変わってしまう。


(この大事な時に、裏切られでもしたらかなわぬ)


 その一念を胸に、天逆毎は宙を走る。そしてついに、眼下に青い鳥籠が見えてきた。



☆☆☆



「ん?」


 天逆毎からの指令をうけて、胡蝶は蜂たちを守っていた。その時、強い光が連続して地上から放たれていることに気付く。


「目くらましのつもり?」


 この繁殖地が、人間たちにとって重要だということは分かっている。攻め込まれることは、想定内だ。


 しかしそれなら、実弾であるべきだ。閃光弾なら、妖の目はすぐに馴染んでしまう。


(そんなに阿呆な連中ではないと思っていたけど……買いかぶりだったのかしら)


 空中で静止しながら、胡蝶は首をひねった。しかし、それもほんのつかの間のこと。


(実害がないなら放っておくけど)


 胡蝶は割り切って、再び進もうとした。すると、下からの弾がぴたりと途絶える。強い光がなくなると、胡蝶は奇妙なものを発見した。


「おなごか」


 しかも、たった一人。周りを用心深く見回してみても、伏兵の気配はない。


 女子は年にして十七、八ほど。若い体をぴんと伸ばし、白い上衣に緋袴姿だ。手には大ぶりの日本刀を持っているが、銃器の類は見えない。


(デバイス使いなのか、単に頭がおかしいのか)


 しかしどちらにしても、胡蝶の相手にならないことは明白だ。瑠璃のつきが作動しているのだから、動けるのは下位のデバイス使いしかいない。


(馬鹿なら、早死にしたほうが幸せかね)


 うんとうなずいた後、胡蝶は胸の前に手をかざした。ぼっと赤い狐火がともり、みるみる温度をあげていく。


(人に当たれば、一発であの世行き)


 見苦しくない女だから、これくらいの慈悲は与えてやってもいい。胡蝶は美しい物が好きなのだ。あの人間は得をした。


 胡蝶はふっと息を吐き、狐火を女めがけて投げつける。あわれ木っ端みじん、骨を探すのも一苦労──


 に、なるはずだった。


 唐突にひゅう、と風が吹いた。山に近づいたわけでもないのに、何故。


 胡蝶の背筋に冷たいものが走る。反射的に身をひるがえし、敵から逃れる体勢をとった。


 しかし、風は胡蝶を放してくれなかった。自分の左頬を、液体が流れる気味の悪さ。確かに胡蝶は、それを感じた。


 何気なくそれを手でぬぐってみた胡蝶は、驚きで声を失った。


(血……?)


 そんな馬鹿な、と内心で否定する。しかし、時が経つにつれて強くなってくる痛みには、どんな言葉も無力だった。


 胡蝶はすぐに、この現実を受け入れる。そして同時に、吹き上がるような怒りを感じた。


(忌々しい人間め……)


 なまじ情けをかけていただけに、胡蝶の怒りは一層激しいものになった。


 よかろう。そんなに苦しんで死にたいというなら、ここからじわじわと炎でなぶってやる。


「上からの手ぬるい攻撃で、みやこが倒せるか」


 地上の女子が、胡蝶をせせら笑った。大声を出さなくとも、胡蝶にははっきり聞こえる。


「無駄なことがしたくば、何度でもせい。都度切り払ってしんぜよう」


 都と名乗った女子は、刀をゆらゆらと前後に振ってみせる。余裕たっぷりの彼女とは反対に、胡蝶は歯ぎしりした。


(あそこから、狐火を斬ったですって……?)


 そんなことは、とても低位のデバイス使いにはできない。通常兵力、もしくはもっと上の存在か。


「さっさとかかってこんか。不細工な上に頭の中まで悪いとみえる」


 胡蝶はこの瞬間まで考えていた。極めて理性的に。しかし、それはこの生意気な言葉でかき消される。


「今、何と言った。餓鬼」

「不細工じゃ。そのように救いのない面構えに、他にどんな言いようがある」

「……よくほざいたわ。骨の髄まで後悔を染ませてから、殺してやる!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ