力を生むのに生贄を
話が本題に戻った。葵は腕組みをして、大和を見下ろす。
「ウチの場所まで教えた覚えはないが」
「……このでかい家隠し通せると思っとったら、お前ほんまもんのアホやぞ」
大和に正論を説かれた。悔しい。
確かに三千院家の敷地は広い。所有の山林を除いて家だけの敷地でも、大学一つ楽に建つ。富裕層の多いこの地域でも、一・二を争うほど巨大だ。タクシー乗り場ででも聞けば一発で分かるだろう。
「まあ、今回はタクシーやのうて案内してもろたんやけどな」
そんな余計な世話を焼いたのは一体誰だ、と葵がいぶかっていると、物陰からひょいと少女が現れた。にこにこと微笑む彼女の姿を見て、葵は鼻をならした。
「怜香」
「母屋で聞いたらこっちだって言われて」
「何でコレを連れてきた」
「大和君が一緒に来たいって言うから」
「お前な……」
葵は腕を組む。どう言い返してくれようかと思案したが、笑う幼馴染には勝てず。結局、諦めた。
今日の怜香は濃緑地に白黒で花柄が描かれた、上品なワンピースを身にまとい、その上からアイボリーのカーディガンを羽織っている。普段は軍服や制服でかっちり固めていることが多い彼女の、その柔らかさは新鮮だった。調子が狂ったのはきっとそのせいだ。
「どう? 似合う?」
怜香はもじもじと葵に感想を求める。
「ああ。普段からもっとそういうの着てもいいんじゃないか」
「え? ほんと?」
葵の評価を聞くと、怜香は右手でワンピースの裾をつまんでくるくると動いてみせた。空いている左手で小さくガッツポーズをとる。傍らで大和が砂でも飲んだような顔をしてその様子を見ていた。
「おい、大和。最初の質問に答えろ、何で来た」
怜香と一通りじゃれてから、葵は大和に問うた。葵はもちろんこの軽薄男が苦手だが、大和の方がより強く葵を嫌っている。何か目的がなければ、わざわざ遊びに来るとは思えなかった。
「ふふふふ、俺にもツテっちゅうのはあるんやで。お前がなんぞ企んどんのはもう驚かへんけどな、こればっかりは見過ごされへん。混ぜてもらいに来た」
大和がすうっと息を吸い込んだ。掛け時計が、几帳面に七秒刻む間、たっぷりと溜めの時間をとっている。
「お前、女子高の文化祭に行くそうやないか……」
時計が七秒刻み終わった後、地獄の釜の蓋があいたような声で、大和がそう言った。一体なんのことやら、とあれこれ可能性を考えていた葵は、あまりのくだらなさに「フンッ」と鼻で笑ってしまった。
「それがどうした? 姉貴が今年高校三年でな。最後の年に演劇に出ることになったと言うんで、家族と怜香を誘って行くは行くが」
「お前は……じょしこう、というこの素晴らしい響きに、感じるものはあらへんのか」
「いや別に」
葵がそう言うと、大和は過呼吸を起こした。さっきの紙袋を頭から再びずぼりとかぶせて、ようやく落ち着かせる。
「この貴族めが!」
「なんでそうなる」
大和はシャツの裾をかみしめた。どう言えば納得するかなこの男、と葵が考え始めた時、後ろから足音が聞こえてきた。誰か様子を見に来たようだ。
「怜香ちゃん以外の葵の友達? めっずらしい」
「友達じゃない」
騒ぎを聞きつけてやってきた俊が、大和を見て目をむいた。葵はすかさず間違いを訂正する。
「こんにちはー。お邪魔させてもろうてます」
「いやいや、ゆっくりしてってね」
大和が几帳面に頭を下げると、俊はにこにこと笑って、あっという間に彼を受け入れた。騙されるな兄弟。
「あ、そうだ。君、丈夫そうだね。良かったら治験に参加してくれないかな。ひとみ……じゃなくて、協力者が必要なんだよ」
騙されてなかった。それどころか積極的に地獄に引きずり込む気だ。
「兄さん、今人身御供って言いかけてへんかった?」
「是非参加したまえよ大和君」
焦る大和を見ながら、葵が半笑いで参加を促す。
「罠の匂いしか感じへんで!」
大和はじりじりと俊から遠ざかった。どんな扇風機でも無理だろうというほどの速度で首を左右に振る。
「えー、嫌? ほんとに危険なものじゃないのに。なんなら一服あげるよ」
俊は嫌がる大和の手に、どぎつい紫色の液体が入ったアンプルを押しつける。大和はしぶしぶそれをバッグに入れた。
「どんな薬なん? あ、絶対飲まへんけど内容だけ知りたい」
「教えてあげないよ。でも、人間をパワーアップさせてくれる薬なのは間違いないね。軍が使いたがるかどーかは微妙だけど」
「へえ。俺でも強くなるんか?」
「ああ。いけるんじゃない」
「こいつでも?」
大和が葵を指差す。俊は頷いた。葵が人を指すな、と抗議の声をあげた。
「へえー、飲むだけでそんなことができるんやったらええなあ。ここの爺ちゃんに飲ましてみたらどないですか。現役復帰しはるかもしれん」
「それは無理だね。何たって……」
俊が口を濁した。あれ?と大和が会話を止める。言っちゃいけないことだったかな、と気まずくなったらしく、がしがしと頭を掻いた。俊が気をつかって、おもむろに話の流れを変えようと話し始める。
「それよりも、文化祭がどうとか言ってなかったっけ、君」
「そうや……女子高の文化祭! 中でも、美少女が多いと評判だが、一般公開されてない鈴華女子高は全男子学生の憧れの的。家族・友人用のチケットがなければ、一歩たりとも足を踏み入れることすら許されぬ、まさに聖地! というわけで行こうや」
「嫌だ。帰れ」
葵はばっさり断った。兄弟が多いから、という理由で姉は大量のチケットをもらってきていたので、チケットは余っている。しかし、彼の参加を認めるわけにはいかない。
「ナンパするつもりだろ」
「当たり前やないか」
「お前みたいにナンパ目的で鼻息荒くする馬鹿がいるから、チケット制になったんだろうが。言っとくが、入ったところでガードマンがいるから、不埒なことをしようもんなら即お縄になるだけだぞ」
これで諦めてくれればよかったのだが、大和は手強かった。
「……ええ。それやったら、同じ空間におるだけでええ」
常日頃共学に通っているくせに、何故こいつはこんなに女に飢えているのだろう。引きさがりそうもない大和の様子に、葵が苦悩しているところへ、新たな来訪者がやってきた。
「にいに」
外出用の紺のワンピースに着替えた都がやってきた。小さなリュックを背負い、もう出かける気まんまんである。リュックからは、都が好きなおもちゃの刀の柄が見えていた。その後ろに、巌爺さんが何故か気まずそうな顔をして立っている。
「いたいの、なおったか」
葵は頷いた。都は嬉しそうにその場でぴょんぴょんと跳ねる。大和が立ち直り、目を細めて都を見つめた。
「その子、誰や?」
「俺の妹」
再び大和は地に伏せる。元気になったり落ち込んだり忙しい奴だ。
「……なんでお前ばっかり美少女に囲まれて……」
さっきの元気はどこへやら、大和が呪いの言葉を吐きだした。もう相手するのも馬鹿らしいので、葵はくるりと背を向ける。
「じじい、行くか」
「あー、それがじゃな。儂、行けなくなったんじゃよ」




