第二陣、参る
増援が去っていくと、後には愚痴をこぼしあう顔見知りだけが残される。明津はそれをなだめにかかった。
「なんだよ、あいつら」
「怒るな。血圧が上がる」
血圧が上がれば呼吸が早くなり、メンタルを安定させるのが難しくなる。深呼吸でもしてろ、と明津は言い添えた。
「それに、全く考えなしの自信ってわけでもなさそうだ」
和久たちを観察した明津の結論だった。彼らは偉ぶるでもなく、あくまで淡々としている。単に目立ちたいだけならああはならない。説明を聞いた隊員たちは、渋々といった様子でうなずいた。
やがて、作業を終えた和久たちが帰って来た。すかさず明津たちは改札周辺に集まるよう指示される。
明津が部下たちにそれを伝えた次の瞬間、異変が起きた。
「再度、敵の侵入を確認! 前方警戒!」
連絡が飛び交う。銃手たちが、一斉に配置についた。皆、大口径の散弾銃を所持している。
「来たぞ、撃て!」
合図と同時に、銃声がホームにこだまする。
(さっきより撃ち合いが長い)
中に引っ込んでいる明津には、敵の姿が見えない。蜂たちは冷気で足止めされているはずだから、攻めてきたのは別口のはずだ。普通の弾でなんとかなるのだろうか、と明津は冷や冷やした。
「動作物確認できず。通路に敵反応なし」
乱射がやんだ。狭い通路に弾が集中したのがよかったのか、無事に撃退できたようだ。それでも念のために安全を確認してから、銃手たちが弾を補充する。
前に出るなと言われているので、明津は双眼鏡を使って通路の様子を確認する。
「あれ……?」
明津は声をあげた。通路に転がっていたのは、今までと同じ蜂の群れだったからだ。
(いや、全く同一ではないか)
先程やってきた個体より体が一回り小さく、脇から腹にかけて赤い線が入っている。そして顎は今までより大きく発達していた。
「……進化種でしょう。やっぱり、出てきたか」
「進化?」
「おそらく天逆毎は、蜂たちが寒さに晒されると動けなくなることを知っている。それなら、手をこまねいて見ているわけがない」
そこまでは明津にも分かる。しかし、疑問も残る。
「進化というのは、そんなに短時間で起こるものですか?」
「この世界ではまずあり得ません。しかし、奴等の繁殖速度はとても速い。比較的寒さに強い個体を選んで繁殖させ続ければ、できるかもしれない」
あくまでこいつらは異世界の生き物。統括しているのは天逆毎。それを思い知らされた明津は口をつぐんだ。
「そして、進化したのは耐寒性だけとは限らない」
和久が後ろを振り返る。四番、五番入り口付近にたむろしていた隊員たちは、すでに銃を構えていた。
「センサーに敵反応あり!」
「位置は──四番、五番出口! シャッター、間もなく突破されます!」
(来た!)
明津は意識的に身体の力を抜く。予想通りだと思わなければ。うろたえると、動けなくなる。
(入り口のシャッターの外見は全部同じだ。四番、五番だけいつまでも無事で済むわけがない)
蜂たちはとっくの昔に、残り三つの入り口を見つけていたのだ。今まで待っていたのは、単にこっちの油断を誘っていたに過ぎない。
「来るぞ、一斉射撃」
四番、五番出口に向かって、弾が一斉に発射された。黒く固まった蜂の群れが、直撃を受けて崩れ始める。
「まずい!」
歓声をあげる自分の部下たちの頭をひっぱたきながら、明津は叫んだ。それと同時に、第三中隊の銃撃がやむ。
「やめるな! 次が来るぞ!」
蜂たちが固まっていたのは、自分たちの身体を使って盾を形成しているのだ。当然その後ろには──
「出てきた!」
無事な個体が、黒い群れを突き破って現れた。彼らは銃を下ろした隊員に向かって、一直線に突進する。
「そう来ると思ってたぞ!」
第三中隊の面子は慌てない。腰に下げていたバズーカ様の筒を、蜂たちに向かって掲げる。しかし、明津は歯ぎしりをした。
「間に合わん」
この時点で、蜂たちとの直線距離は数十メートルもなかった。彼らはトリガーを引いたものの、先頭の数匹はすでに隊員たちの側まで近寄っていた。
「ぐっ」
「うわっ」
牙によって、何人かが倒される。しかし蜂たちも、ただでは済まなかった。
「集団が網にかかったぞ!」
「神経用剤噴射!」
「普段より頑丈だ、油断するなよ」
筒から発射された粘着剤付きの網に、蜂たちが引っかかった。団子状になった虫に、殺虫剤を噴霧する。それでも死なない個体には、執拗に銃弾をたたきこんでようやく片付けた。
しかし、これで一息つくというわけにはいかない。
「第二陣、入り口に再度接近」
「どれくらいでここまで来る」
「現時点では不明。入り口付近を周回しています。第一陣が帰投しないのが原因と思われます」
「……分かった。動きがあれば直ちに知らせろ」
「了解」
和久が通信を切る。じりじりしながら待っていた明津は、さっそく彼に食ってかかった。
「け、怪我人を早く下がらせないと」
蜂に対する解毒剤はまだ発見されていない。それでも、噛まれた彼らを放置しておくわけにはいかない。
だが和久は、にべもなく首を横に振った。
「彼らは下げません」
「はあ!?」
「プロテクターをつけていますから、傷は深くない。──それに、彼ら自身が望んでいますから」
「いくら望んでも……」
三十分もたてば、身体が腐って死に至る毒なのだ。すぐに立ってもいられなくなるはず。そんな状態で、本人の意思がどうこう言っている場合か。




