短剣の舞
蜂たちは妙に用心深く、砦のような場所にはまず斥候をあてる。それが無事に帰ってきてはじめて、大群で押し寄せるのだ。
(つまり、第一波さえしのげれば時間がかせげる)
琴はそう締めくくった。市中も大混乱な今、動かせる人数は極めて少ない。夕子の用が済むまで、損害は最小限に抑えなければならなかった。
息を吐く。目の前は不気味なほど静かだった。
(それなのに、これはなんだ)
琴の全身に、粘りつくような不安がある。
傘を持って出るのを忘れたのに、今にも雨が降り出しそうに曇ってきた……上手く言えないがそんな感じだった。
迷った末、琴はゆっくり自分の持ち場を離れる。他の兵から声はかけられたが、それ以上の制止はなかった。
(夕子様、すみません)
心の中で主に詫びる。しかしこの違和感を放置しておくと、後々面倒なことになる気がしてならなかった。
階段をかけ上がり、中二階に上がる。殺気立った面々ににらまれながらも、琴は月見里の隣を確保した。
「どうしましタ?」
急にやってきた琴に、月見里が怪訝な顔をする。
「そんなに不思議か」
「子音なら『サボリ』と結論づけますが、琴サンですし」
あけすけに言うので、琴は笑った。
「もちろん、私はさぼりなどしないぞ。ただ、能力の割には奥に追いやられている気がしてな」
琴がかまをかけると、月見里が困った顔で頭をかいた。
「……気付いてしまいマシタか」
「やはり」
「許してクダサイ。悪気はないのデス。何と言っても、琴サンは先代のお子さんですから」
「そういう区別は好かん」
どういう理由で夕子の父と、自分の母が親しくなったかは知らない。しかし、母は鷹司に入る気など全くなかったのは確かだ。琴は母が死ぬまで、己の父親が誰かも分かっていなかったのだから。
それをあの時──
(いや、やめておこう)
思い出したら切りが無い。琴は本題に戻ることにした。
「聞かせろ。私が聞いた見立ては、かなり甘いものだったんだな?」
胸ぐらをつかまれた月見里は、ため息をついてから話し出した。
「ハイ。奴らが京に入って大分たちマス。……実はすでに、斥候の蜂が来ていたという報告が」
「じゃあ、今から来るのは……」
「本隊デス。多数の」
「そいつは面白い」
琴は強がって言ったが、内心は冷や汗をかいていた。
「それと、心配なコトがもうひとつ」
月見里が細くて長い指をたてた。しかしその先を聞くより早く、不吉な羽音が聞こえてくる。
「来たぞ、構え!」
話をする余裕はなくなった。デバイス使いが一斉に銃を構える。
黒い蜂たちの姿が見えるなり、激しい撃ち合いが始まった。本物の銃も混じっているため、反響した音がうるさい。琴はこめかみを押さえながら、耳栓をしてこなかったことを心底悔やんだ。
ようやく周りが静かになる。琴は安堵しながら、わずかに顔を上げた。
「やったか!?」
「いや、まだいるぞ!」
その声を聞いた月見里がやおら立ち上がった。彼の手には、銀色の投げナイフが握られている。
「one」
日本語の時とは違うなめらかな発音で、月見里がつぶやく。羽を失った蜂の脳天に、ナイフが突き立った。
「two,three」
続けて、何本ものナイフが宙を舞う。銃より華奢に見えるそれは、確実に蜂の体を破壊していった。
「そしてこれが、ラストね!」
かけ声と共に、最後の一体をナイフが射貫く。蜂は標本のように壁にとめられ、痙攣の後に動かなくなった。見事な手さばきに、まばらな拍手が起こる。月見里は特に照れた様子もなく、礼をした。
「ちぇっ、いいよな。能力が格好良い奴は」
琴の真下を、残間が通る。それも、何十人も。周りはにやにやしながら、多くの彼を見ていた。
「能力の差、ねえ」
「使ってる奴の差じゃないの」
「るせえ!!」
全部の残間が反発する。その様子をうかがいながら、琴はため息をついた。
「今年の人事はヘマをしたな」
「任官したばかりデスヨ」
「それにしたって、もう十三だろう」
琴が指摘すると、月見里は口元を歪めた。
「体の成長に、知性が追いついていないノデス。能力はあの通り、役に立つのデスが」
琴はうなずいた。残間のデバイスは『エインセル』。奇しくも月見里が人生のほとんどを過ごした、英国の妖精だ その名の意味は、『自分自身』。
残間は、自分の分身を無数に作り出すことができるのだ。もちろん本体以外がやられても、痛くも痒くもない。残間本人が目立つ格好をしていることもあって、囮にはうってつけだ。黙っていても、重宝されるのである。
(それを、かまってほしくて暴れるからこういうことになる)
自分も新人の頃はこうだったのだろうか。琴は少し、恥ずかしくなってきた。
「あー、付き合ってらんね。俺は持ち場に戻る」
残間は足音高く歩いていった。分身も一緒に移動するため、なかなかホラーめいている。




