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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
故郷のための栄光
546/675

死の海へと

「いや」

「そう……茨城いばらきが最後に、私に聞いてきたの。兄弟はいるか、って」

「…………」

「きっと、そこが原因じゃないかな」

「始末するにしても、天逆毎あまのざこならうまく取り繕ったと思うが。付き合いが長いだけに、茨城が見抜いた可能性はあるな」


 天逆毎はいよいよ、味方にも本格的に牙をむき始めた。そんな状態では、やる気を出せという方が無理だろう。


「天逆毎は許せない、でも」

「人間に頭を下げるのもごめんだったんだろうな」


 板挟みになった結果が、こういう台詞だったのか。そう思うと、あおいの胸に苦いものが広がった。


「……敵だけど、ちょっと気持ちはわかるかな」

「そうだな。そして、天逆毎がどう出てくるか」


 怜香れいかはあえてその先は聞かず、話題を変える。


「そろそろ出港?」

「ああ」


 神戸だけでなく、東京や広島方面からも同時に出港する。今までなかった、大型艦隊の船出だ。


「在日米軍は動かないがな。そこまでの許可は、今の段階では無理だった」


 たまたまグアム基地へ移動命令が出ていた五隻が一緒に移動するものの、協力しあっているとはお世辞にも言えない。


「──だが、それでも動けた。お前たちのおかげだ、ありがとう」

「照れるじゃない。明日は槍でも降るんじゃない?」

「槍は無理だが、雪なら降るかもな」

「ん?」

「何でもない。ゆっくり休め」


 いぶかしむ怜香に別れを告げて、葵は船が停まっているところへ向かう。



☆☆☆



 港の近くには、造船所が存在する。水切り場に、次々とはしけに乗った鋼板が運ばれてくるのが見えた。ここに来た板は、切断・曲げを経て船体に加工されたり、修理に用いられる。ドック横にある小組み立て工場は、今も作業中だろう。


 外では巨大なクレーンが、組み上がったブロック状の部品を積み上げている。葵はそれを横目に、ドックに入った。


 ちょうど修理をしていた艦に、職人たちが塗装を終えたところだった。曲線の船台に光が当たると、白い照りが出て美しい。


「ああ、坊ちゃま。水門を開けますか?」

「作業は終わってるようだな。頼む」


 艦の修理作業は、水門を閉めて水を出し切ったドックの中で行われる。作業が終わると門を開き、水の高さが海面と同じになったところで外へ出すのだ。


 葵の眼の前で、タグボートが艦を引っ張っていく。この後岸につながれて、必要な物品が急ピッチで積みこまれるのだ。


「予定より遅れましたな」

「沖に妖怪がいるときに、ドックから出すわけにもいかんだろう。迅速によく済ませてくれた」


 葵が礼を述べると、整備工が首を横に振る。


「いやあ、スケジュールに余裕がありましたからこのくらいは。坊ちゃま、いつからこうなると予測しておいでで?」

「俺の予測じゃない」


 葵は整備工たちに、いわおから聞いた話をしてやった。しかし現実主義の彼らは、苦笑いをしている。


「それは御館様も、変わった体験を」

「怪奇現象に好かれやすいだけかもしれないぞ」


 そんな益体のない話をしているうちに、物資を積み終わったという報告が入った。


「……じゃあ、艦を見てくる」

「よーく見てやってください。手塩にかけた、大事な娘です」


 礼をする整備工たちに見送られ、葵は岸壁へ向かう。すでに隊員たちが甲板に並び、送り出す港職員に向かって手を振っていた。


「二佐。それでは、先に参ります」

「ああ。すぐに追いつく」


 無線を入れてきた艦長に、葵は語りかける。すると彼は笑った。


「ゆっくりでいいですよ。我々はグアムで羽を伸ばしてますから」

「言ったな、こいつ」


 葵が皮肉ると、無線の先からどっと笑い声があがった。


「後から締め上げてやるから、覚えてろ」

「楽しみにしてます」


 間もなく出航だ。タラップが回収され、錨が艦首に戻される。


 機関部が動き出し、艦が動き出した。その大きな生き物に向かって、見送りの人間が手を振る。


 甲板の隊員たちが、敬礼でそれにこたえる。葵は彼らの姿が見えなくなるまで、岸でずっと立ちつくしていた。


 こうして八月十一日深夜、目標海域に向けて艦隊が進み始めた。



☆☆☆



「間もなく、野宮神社付近です」


 この辺りを担当していたデバイス使いを、片っ端から拾う。あっという間に、十数人をかつぎあげた。

しかしその中に、巌とゆかりの姿はない。


「……川の方へ行ったか?」


 河原をつたって人気のないところまで行っていたら、かなり手間がかかる。わずか数十人の手勢で探し尽くせる範囲ではなかった。


「あれが今生の別れか……しまらんなあ」


 喜々として土産を見せていた紫の姿が頭に浮かぶ。まつりは苦笑いした。


「皆でもう少し探しますか?」

「一台は基地へ戻してええ。うちらはもうちょっとだけ粘るわ」


 車三台のうち、一台はすでに満員になっていた。基地で放出してくる必要がある。


 まつりの命を受けて、車が道路をまっすぐに北へ向かう。しかしその時、風に混じって低い羽音が聞こえてきた。


「車に乗れっ!」


 こみあげてくる吐き気をこらえながら、まつりは叫ぶ。


 なんとか全員が車内に滑り込み、全てのドアと窓をロックした。しかし蜂たちは、しつこく体当たりを繰り返してくる。


「先行車、スピードあげろっ」


 四方が無線に向かって叫ぶ。しかし、先頭車両は完全にコントロールを失っていた。


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