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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
故郷のための栄光
532/675

地元に鬼神がやってきた

「一尉。これは一体、何の騒ぎですか?」


 基地内の自室を出たところで、あおいは渋い顔をした士官に呼び止められた。


「騒ぎと言われても」


 心当たりがありすぎて分からない、と葵はのたまう。士官は廊下中に響くようなため息をついた。


「米軍との共同演習なんて聞いてませんよ。しかもこの数。リムパックでもやる気ですか」

「ああ、そうかもな」

「平然と嘘をつかないでくださいっ。あれは二年に一回でしょ」

「忘れてた」


 自分より遥かに体の大きな部下が、憤怒の表情を浮かべて葵の前に立ちふさがる。なるほど、上背があるというのはこういう時にいい。


「四月一日は四ヶ月ほど前に過ぎました」

「分かった。落ち着け。向こうの許可は得ている」

「現在六十隻しかいない護衛艦のうち、約三十隻が港に入ってしまっている。これで落ち着いていられますかっ。国土防衛の危機ですよ」


 士官の額には、青筋が浮かんでいる。いや全く、常識で考えれば彼の言う通りなのだ。しかし今は、それが通用しない。


(そんなこと言ったら、逆効果だろうけどな)


 葵は部下の唾を頭からあびながら、しごくぼんやり小言を聞き流していた。


 ありがたいことに、普通の人間というのは怒り疲れという現象を起こす。それを待っていればいい。


「全く……もう……」


 相手の勢いがなくなったのを見計らってから、葵は口を開く。


「空自と海保には話を通してある。今月末には何もかも終わっているはずだ。それまでの間だけ、頼む」

「衛星でもうつかんでる国もある。スクランブルのやりすぎでパイロットが死んだら、一尉のところへ化けて出ますよ」

「その時は語りあうさ」

「……普通に勝ちそうですね」


 結局士官は諦めて、引き下がっていった。今まで散々やらかしているため、向こうが折れてくれたようだ。


(運命の日──二〇六五年、八月十五日)


 いわおみのるから伝えられたという、『人類の運命が決まった日』。


(ゲームじゃあるまいし)


 本当のことを言うと、葵だって心の底から信じているわけではない。実という男が嘘をついている可能性もある。


(しかし、何かきっかけがないとデバイスが急に現れた理由がつかない)


 それだけでこんなに艦を動かすとは、自分の心配性も大したものだと思う。しかし、小さな穴が広がって堤が決壊した例を、今までいくつも見てきた。


(用意しておくに越したことはない……なんせハワイは遠すぎる)


 約六千キロ。四十ノットで飛ばしたとしても、約三日かかる。ことが起こってから行けと言っても間に合わないのだ。


(ここはジジイの顔を立てておいてやる)


 失敗だったなら、潔く認めて次に行くまでだ。葵が腹をくくった次の瞬間、さっきの士官が戻ってきた。部下たちの形相は、鬼を通り越して般若と化している。しかも今度は、連れが三人に増えていた。


「一尉」

「一尉っ」

「そんなに連呼しなくても聞こえてるよ」

「なんでそんなに落ち着いてるんですかっ」


 八つ当たりに近い怒り方をされた。


「報告がまだだろうが」

「あ……申し訳ありません。神戸、大阪両港に妖怪の出現反応ありです。──大阪に牛鬼うしおに、神戸に茨城童子いばらきどうじ。どちらも大物です」

「単体か?」

「はい。取り巻きはわずかにいますが……いずれもうろうろしているだけで、本気で戦うつもりはなさそうです」

「もう動くとは」


 大妖たちが邪魔してくることは、もちろん予測していた。しかし、動き出すのが速すぎる。


(そもそも頭の天逆毎あまのざこが何もしていないのに、どうして奴らが動き出した?)


 相手を仕留めるためには、警戒されないのが一番だ。動きを合わせ、対象が油断している内に襲いかかるのが最も成功率が高い。


 なのに今回、妖怪たちは率先して規律を乱す方向に動いた。


(今まで苦もなくやっていたことができなくなったとしたら、何かが変わったということだ)


 その原因をつきとめてみたい気もしたが、時間はそんなに残っていなかった。


「デバイス使いを向かわせたいが、今はな……」


 大妖に立ち向かうためには、最低でもAクラスの適性が必要だ。しかも経験がある人物が望ましい。


(こんな時じゃなければ、悩む必要もないんだがな)


 葵はしばらく考えた。そして、答えに辿り着く。


久世くぜ三尉と御神楽みかぐら三尉に、呼び出しをかけてくれ」



☆☆☆



 あくまでまつりが行くことに渋い顔はされたが、結局押し切った。


 鷹司たかつかさ家の車、三台分のナンバーが各検問所に通達され、番号が確認できれば即通過できることになったのだ。


「やりましたな」


 もう初老をとっくに通り越した運転手が、のんびりと言った。


「遅すぎるくらいや……さ、拾って回るで」

「相変わらず、ご友人たちの行方はわからないままで?」

「ああ。後回しや。そうそう簡単に死ぬタマでもない」


 嵐山にいた巌とゆかりの安否を、まつりは真っ先に確認させた。これは友人だからというわけではない。Sクラスのデバイス使いの安全確保は、作戦上の最優先事項だからだ。


 しかしいくら近辺を偵察機で探させても、人をやっても、二人の身柄は見つからなかった。


(溶けたか?)


 まつりだって、その念を抱かないわけではない。しかし今の状況で、悲観的な思いを口にするのははばかられた。


「行くで」


 国道二十九号線を辿りながら、位置検索でデバイス使いがいないか探す。彼らは揃いの白い軍服を着ているため、目視でもわかりやすかった。


「いた!」


 若い使用人が、口を開く。運転手が車を止めた。彼は車を降りると、若い女を抱えて帰ってくる。


「若いってのはええなあ」

「ほんに」


 順調に進む回収作業の様子を見ながら、まつりと運転手はささやきあう。そろそろ他の場所にうつるか、とまつりが考え始めた時、窓の外に人の気配がした。

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