息子より孫が可愛いお年頃
「あれほど買うなと言ったのに」
「だって孫が可愛くて」
「そんな嫁も可愛くて」
「隙あらばのろけをねじこむのをやめなさい」
この老夫婦、嫁の方が戻ってから所構わずいちゃつくのをやめない。
(はじめはどうなることかと思ったが)
紫は事情があったとはいえ、妖怪になっている。細かい事情は伏せたが、かなり特殊な見た目の彼女がうまく受け入れてもらえないのでは。葵も昴も、かなり気を揉んだ。
しかし予想に反し、紫は秒速で三千院家にとけこんだ。
(爺さんが全面的に味方に付いたのが大きかったな)
引退したとはいえ、今の三千院の基礎を築いたのは巌である。家中の者は彼に絶対的な信頼を寄せているため、紫への風当たりも弱まったのだろう。
何にせよ、それは良いことだと葵と昴は二人して喜んでいたのだが──
(まさか、実の息子の当たりが一番きつくなるとはな)
葵は腕組みをして、昴のお説教を一通り聞いた。
「次からは気をつけるんだよ」
「はい」
「しばらく買い物しません」
借りてきた猫のように大人しくなった祖父母を残し、昴がやっと引き上げた。葵は彼と交代して、巌たちの前に腰を下ろす。
「……昴、帰ったか?」
しばしの沈黙の後、巌が口を開く。葵がうなずくと、途端に彼は膝を崩した。
「あー、怒っとったのう」
「怒っとったねえ」
夫の口調を真似ながら、紫も傍らの茶に手を伸ばす。夫婦共に、そんなにへこんでいないのは明白であった。
「で、本当のところは」
葵は二人をねめつけながら、言い放つ。夫婦はそろって不審な動きをした。
「「ホントウノトコロ?」」
「一緒の顔をしてハモるな」
葵がつっこむと、二人とも観念したように肩をすくめた。
「実はねえ、買ったのはこれが全部じゃないんだよねー」
「そんなことだろうと思った」
紫が奥の押し入れを開ける。その中には一センチの隙間もなくプレゼントが詰め込まれていた。
「昴にバレたときには」
「すでにこの状態で」
「……どれだけ買いまくったんだ。ジジイの金だけでよくここまでやったな」
巌はすでに引退しており、個人としての定期収入は年金のみである。どこから金をひねり出したのだろうか。
「ふっふっふっ」
葵が考えていると、紫が低い笑い声を漏らした。
「もしや」
「私、私」
「犯罪に手を染めたんじゃないだろうな」
「そんなことしないもん」
「そうじゃぞ」
「分かった。頼むから、常に二対一になろうとするな」
だが、紫は人間界に戻ってきて一年も経たない。どうやって稼ぐ手段を持ったのか。
「うちで勤めてるのか」
「んなことしませんよ。そもそも素人なんか入れてくれないじゃん」
紫の言っていることは正しい。昨今の軍事産業はますます専門化しており、彼女が言ってもつまみ出されるだけだろう。
「じゃあ?」
「これですよ、これ」
紫は奥から、水晶玉やらカードやら、怪しげなアイテムを山ほど引っ張り出してきた。
「占いか」
「あたーりー」
そういえば葵も、以前彼女にカードをもらったことがある。
「これがまた、不気味なほどに当たるんじゃよ」
「なんせ、うん百年生きてる魔人に習ったからね。データの積み重ねが違うわ」
「個人的に客でも取ってるのか?」
「のーん。今はインターネッツの時代ですよ」
「……この前まで山で暮らしてたくせに」
「新しい物を取り入れるのは良いことでしょ。ま、実際の所はほぼ響がやってくれたんだけど」
紫はそう言いながら、ホームページの管理画面を見せてくれた。
各種メニューが揃っており、最低は三百円から。高価な物になると、一万を超える。月あたりの売り上げを聞いて、葵はうめいた。
「この短期間で、よくもまあそこまで」
「ふへへ」
何故か紫と一緒に、巌も笑う。
「とにかく、あんまりやり過ぎるなよ。親父だって、意地悪で言ってるわけじゃないんだから」
「そこは理解している……つもり。控える」
紫が頭をかいた。その時、縁側に通じる障子が勢いよく開く。
「じいじ、ばあばっ」
満面の笑みを浮かべた末っ子が、両手を広げて部屋に入ってくる。祖父祖母はたちまち日向のアイスクリームのごときぐんにゃりした顔になった。
「都、こっちおいで」
「このドレスを着てみない?」
「おい」
さっきまでの話を忘れたのか、と葵が言う。すると老人たちは口を尖らせた。
「だって」
「『買わない』とは言ったが、『あげない』とは言っとらん」
「汚い」
葵はつぶやいた。この二人、やはり経験値がある分食えない。
「都にくれるのか?」
「そうよー、全部都のものよー」
「にいにとねえねたちももらったか」
都は眉を寄せて、葵に聞く。厄介な展開だ、と思いつつも葵はうなずいた。
「それでは、遠慮なく。赤いのと青いの、どっちにしようかのう」
都は特に気に入ったらしい二着を持ち、庭に向かって掲げる。
「悪いが、俺は人の女のこたあよく分からねえな」
「親分はガマの女のこともよく知らないよね」
「奥さんにしょっちゅう怒られてた」
「……お前ら、俺の古傷をえぐるなよ」
庭に陣取ってやかましく喋っているのは、人間ではない。大小様々なガマたちである。
その中心にいるのが、体高数メートルはある大ガマだ。名は滝蔵といい、ここにいる個体たちのまとめ役である。




