天網恢恢疎にして漏らした
葵たちがどうにかこうにか生還してから一週間が経った。本部は現場の損害確認や補修工事でばたついている。今日も軍支部内では多方向からひっきりなしに指示が飛び交い、かしましいことこの上ない。
学校が終わったあと、軍部に顔を出した葵はそのやかましさに顔をしかめた。
「面倒だな」
「これからがもっと面倒よ」
怜香が静かに切り捨てた。葵は自分のデスクに山積みになった通信記録の山を見て回る。ぱらぱらとめくって一通り目を通して、次々横にあけていく。
局地的な戦闘行為は認められたものの、あそこまで派手にやらかしてしまうと、重箱の隅をつつくように懲戒処分やらなんやら実に色々な罰則がくることだろう。それをどう切り抜けるかが重要だな、と報告をひととおり頭に叩き込んでから葵は思った。
ただ、今回はそうしつこくも言われまい。これからしばらくは佐久間の裏切りと加藤の横領をどうやって世間に上手くごまかすかが焦点になり、さらにもうしばらくしたら戦が始まって大抵のことが流れて行くはずだ。
自分は尉官として結果的に戦果はあげたのだから、難癖まとめてたたき切ってくれると事実に基づいた楽観的な結論に達し、葵は息をついた。
「佐久間はどうなった」
上がってきた報告の中に、一番気になっている件がなかったので怜香に問うてみた。
「まだ審議中。あれだけ派手にやらかしてくれたら、もう浮かび上がってくることはないでしょう」
「首が飛ぶか。これは比喩でなく本当の意味で」
「それは微妙。本当に戦争がはじまっちゃったら、敵方の情報はひとつでも欲しいもの。妖怪の生態に詳しいのなら、司法取引でもして知識を切り売りさせるんじゃないの。少なくとも即座に首を飛ばすなんてもったいないことはしないわよ」
そうか、と葵は呟いた。三輪と則本はあくまで従犯の扱いになるため、一番刑が重くなるのは佐久間だろう。今後、動向は頭に入れておく必要がある。
「助けてあげたいの?」
「は?」
葵は眉を少し上げた。怜香はすぐに葵の不機嫌に気付く。
「動向を気にしてるから、てっきり」
「逆だ。自分の都合で裏切る奴は、その後も同じことをするからな。監視の手は緩めないよう勧告を出しておく」
「まあ、葵らしいというかなんというか……」
怜香はそれ以上言わなかった。与えられたデスクに腰掛け、事務処理を始めるべくパソコンを起動させる。が、その起動が終わるか終らぬかのうちに、
「あのう」
と申し訳なさげに、事務員から声をかけられた。
事務員は線の細い真っ黒な髪の女子で、背が高いためなんとなく鉛筆を思わせた。
「なに?」
「あの方は、お知り合いでしょうか」
「そんなに私顔広くないけど、誰?」
問われた怜香があの方?と首をかしげる。が、疑問はすぐになくなった。
「なんでそういうことになるんじゃコラあ」
「ごめん、知ってるわ。知らせてくれてありがとう」
大和の怒鳴り声が廊下の向こうから聞こえてきた。声はさらに大きくなり、葵たちのデスクまで届く。
怜香は素直に「どうしてあんなに怒ってるのよ」と言いながら立ち上がったが、葵はわざと書類の山に頭をつっこんでいる。
「葵と行くから、あなたはもう帰っていいわよ」
「はい」
「俺を巻き込むな」
葵はふごふごとデスクに伏せたまま主張したが、結局怜香に引きずられるようにして席を立つことになった。
「俺は物覚えが悪いから、書類を百回は読まないと覚えられないんだ」
「どの口が言うのよ」
怜香に尻をたたかれ、葵はドアを開けた。廊下に出ると見慣れた短髪の関西弁男が頭から湯気を吹きださんばかりにして怒り狂っていた。「頭に薬缶を乗せたら茶が沸きそうだ」と葵が吐き捨てる。
大和がくってかかっているのは、四角いフレームの眼鏡をかけた神経質そうな中年男性だった。いきなり怒鳴られて迷惑です、という感情をまったく隠すことなく顔面全体に貼りつかせている。
「そうは言われましても、もう決まったことなんですよ」
「今からもういっぺんやり直したらええ話や。こないなバカなこと、許したら後がどうなるかもわからんのか」
「はいはいはいはいストップストップ」
眼鏡の男の胸倉を今にもつかみそうな大和の前に慌てて怜香が割って入る。
「なんや……怜香ちゃんか」
「声が聞こえたから。一体どうしたのよ」
「加藤の処分が決まったんやて」
「……それはまだ聞いてないわ」
葵のところにも報告はきていない。興味をおぼえ、葵もようやく大和の元へ歩み寄った。
「おとがめなし、やそうや」




