魅了耐性:ゼロ
「危ないよ」
「大丈夫です。やることもあるんで」
「変な意地張らなくてもいいってば」
あくまで今回の任務は『足止め』であって『勝利』ではない。格好つけたい気持ちは分かるが、死んでしまっては元も子もない。
しかし拓馬が何回説明しても、大和は頑として譲らない。その間に触手の相手もしなければならないため、拓馬も次第に苛立ってきた。
「そんなに戻りたくないの。よっぽどいいことでもあったのかな」
つい嫌味が口をついて出てしまう。
(まずいな)
味方同士で喧嘩している場合ではない。すぐに拓馬は謝ろうとしたが、大和の声の方が早かった。
「……いや、やっぱ分かるかあ」
「おい」
やに下がった大和の声。拓馬はさっきまで謝ろうと思っていたことも忘れて、つっこみを入れた。
必死に大和を探すと、彼の隣に正体不明の女性が立っている。美しい。だが、怪しい。
(あれか、原因……)
どう見ても、こんなところに女性が一人でいるはずがない。だが、大和は全く気付いていない様子だ。
「助けてくださって、ありがとうございます。好きになっても、いいですか?」
「いやー、照れるわー」
無線を通じて、二人の会話は筒抜けだ。この会話を聞いていたのが自分で良かった、と拓馬はつくづく思う。あの三千院一尉なら、何のためらいもなく三十ミリ機銃を作動させただろうから。
「御神楽三尉。言っちゃ悪いけど、それ罠だよ」
「……違う」
「いや、罠だって」
「…………」
深く傷ついた様子の大和をよそに、拓馬は大声で怒鳴った。大和ではなく、隣の女に聞かせるために。
「こっちも遊びに来てるんじゃないんだ。さっさと正体を見せなよ」
効果はあった。さっき聞こえた高音のかわいらしい声はかき消え、壊れた嘲笑が響く。
☆☆☆
突然横の女があげた笑い声に、大和は驚いた。
「つれないのね」
昆を構えた大和に、女は大口をあけて言う。女の口はみるみる裂けていき、顔の半分を覆い尽くした。
「我が名はシュブ・ニグラス……人間風情が大地の神とふれあえる、絶好の機会だったのにね」
めりめりっ、と音をたてて、女の頭が二つに裂けた。その中から、小さな無数の歯が姿を現す。
締まったウエストが魅力的だった女の身体にも、はっきりした縦線が刻まれる。その線から細かく身体がちぎれ、タコのような多足生物へと生まれ変わった。
──結果、大和の目の前に残されたのは、美少女とは似ても似つかない軟体生物一匹。それだけだった。
「ほほほ。本当はもう少し、遊んであげるつもりだったんだけどね。もう一人の坊やがあんまり早く気付くから、つまらないわ」
シュブ・ニグラスが軽く身じろぎすると、無数の足がうごめく。それは蜘蛛の糸のように大和の周囲を埋め尽くし、じわじわとにじり寄ってきた。
大和はじっと動かず、うつむいたままその様子を見守っていた。シュブ・ニグラスが数多の口を動かし、けたたましく笑う。
「絶望して声も出ないかしら? 可愛い坊や」
シュブ・ニグラスが、足を伸ばして打ちかかってきた。大和は昆で、その一撃をはね返す。
「どやかましいわ、ボケえええええッ!!」
さらに怒りをこめた片手突きを放つ。この反応を予測していなかったのか、怪物の巨体がよろめいた。
「……なめくさるのもいい加減にせえよ」
ガラの悪い関西弁丸出しになった大和に、シュブ・ニグラスが吐き捨てる。
「ナメるも何も、あんな手にひっかかるあんたが馬鹿なんじゃないの」
全く悪びれた様子のない彼女に、大和の頭の血管がブチ切れそうになった。
「モテん男をもて遊ぶんが、そんなに楽しいか」
「ごめんなさい。生きてるのに異性が寄ってこない悲しい者なんて、私にとってはゴミ以下でしかないの」
高笑いしながら、シュブ・ニグラスが攻撃を繰り出す。大和は力任せに、その足を横に叩き落とす。
「なっ」
驚く相手をよそに、大和は片手で突きを入れる。昆は怪物の口に刺さり、顎ごと粉砕した。
「くぇっ」
シュブ・ニグラスが、血をまき散らしながら苦悶の声をあげる。大和は、それを冷ややかな顔で見ていた。
「そっちがそういう態度ならしゃあないな。俺も一切、手加減せえへんわ」
血のついた昆を振りながら、大和がすごむ。怪物の胴体についた小さな目玉が細められた。
「強い男は嫌いじゃないわよ、坊や」
シュブ・ニグラスは、再び足を伸ばしてきた。今度の足からは、不気味なウジ虫たちが這い出してきている。
「何や、その小細工は」
しかし、完全に怒りに染まった大和にとっては、ウジなど目くらましにもならない。
正面から飛んできた足を、大和は素手でつかんだ。そのまま力まかせに、後ろに引っ張る。
「え、えっ!?」
怪物の身体が、ずるずると引き寄せられてくる。もちろん、普段の大和にこんなことはできない。
デバイスを持っていると、いつもより自分の身体能力が高くなるのは経験で分かっている。間接的に作用があるのだろう。
(やったらそれを、最大限に利用する!)
大和はさらに力をこめて、怪物の足を引っ張った。ついにシュブ・ニグラスの巨体が、大和に向かって飛んでくる。それを左手で勢いをつけて放り投げ、地面に転がす。
昆を持ったままの右手で、痛打を放つ。シュブ・ニグラスの身体、その中央に向こうが見えるほどの穴があいた。
大和はもう一発、と意気込む。だが、左手に鋭い痛みが走った。大人の指ほどありそうな蛭が、歯をむき出しにしてかみついている。
「うおっ」
大和が蛭の対応に追われているうちに、シュブ・ニグラスは間合いを広げる。近距離を得意とする大和は舌打ちをして、振り落とした蛭を踏みつけた。




