終末へのカウントダウン ★
「リスト百十三番、ケプラー繊維強化樹脂……無反応」
「リスト百十四番、ボロン繊維強化樹脂……無反応」
淡々と実験を繰り返していた研究員たちが、大きく息をつく。同じ姿勢で固まった手足を、ぐるぐると回した。
「これで強化プラスチックは全滅ですね」
「あかんかったか」
様々な素材で、円形の台座を作って核をはめこむ。作業自体はすぐ終わるのだが、台座の製作には少なくとも数日かかる。
なんだかんだで、素材探しに一ヶ月近く費やしている。始めは余裕だったまつりも、だんだん渋い顔になってきた。
「あとは金属か……それでも百種弱あるで」
ひんやりしたデスクに顔をくっつけながら、まつりがぼやく。巌は彼女をなぐさめた。
「まあ、そう言わず。全部試せばきっと一つくらいは──」
「はい注目☆ 残念ながら、そんな余裕はなくなりましたよっと」
相変わらず血色のいい顔をした小林が、絶望的なことを言いながら現れた。
「きれいなタップダンスですなあ」
「何かしてないともったいないでしょ♪ みんなの気持ちも和らぐし☆」
かえって殺気立ってます、と真実を告げるのも大人げない。巌は口をつぐんだ。
「余裕がなくなった、とは?」
実が口を開く。小林は綺麗なターンを決めてから答えた。
「えーとね、ついに赤穂にあった基地が、完全に敵の手に落ちました」
室内のあちこちから、息をのむ音がした。シャーレ同士がぶつかり、かん高い音をたてる。
「つまり」
「妖怪の進撃を防ぐ基地が、完全になくなったね」
「向こうが準備でき次第、攻めてくるぞ」
自分で言って、巌はめまいがしてきた。人口百万都市も、こうなってしまえば風前の灯火。皆、近隣都市への住み替えを考え始め──そしてそれが無理だと悟り、絶望に沈む。
「どこの都市も、田舎からの人口流入でパンク寸前や。百万の余剰があるとこなんかないわ」
「ここにいる社員は、僕が責任持って連れてくけどね☆ 他の人たちはどうにもならないね……あ、電車が赤字になる。ちょっと寒気」
小林はわざとらしく身震いをした。
「そんな事態を避けたいのなら……総当たりの時間はない。可能性が高そうなものから絞り込もう♪」
「具体的な方策は」
「そのために実クンがいるんでしょ? あれ、あの子はどこへ行っちゃったのかな☆」
小林に言われて、巌は室内を見回す。さっきまでいたはずなのに、ずらりと並ぶ顔の中に、実のものはなかった。
「ちょ、あんた! しっかりし!」
実を最初に見つけたのは、まつりだった。上ばかり見ていた巌が見つけられなかったのも無理はない。彼は真っ白な顔をして、床に倒れていたのだから。
☆☆☆
深夜のラボは、夜の学校とよく似ている。紫たちと狭い押し入れにいたことを思い出して、巌は低く笑った。
「……ん」
そんなに大声を出したつもりはなかったが、実が身じろぎをする。彼はゆっくり目を開き、辺りを見回した。
「起こしたか」
「ううん……貧血かな。ごめんね」
「白々しいぞ。まつりから全部聞いた。お前、もう長くないんだって?」
巌がにらむと、実は舌を出した。
「あーあ、バレちゃったか。妙に気を遣われるの、嫌だったんだけど」
「病気か?」
「怪我みたいなものかな。別世界へワープ、って実際にやると大変なんだよね。時空が歪んでるところ……『ねじ穴』を人の体が通るわけだから、一回で寿命が縮み、二回で死へまっしぐら」
実は咳き込みながらも、明るく言った。
「細かく調べたら、血管も筋肉もボロボロだと思うよ。我ながらよく生きてると思う」
「知ってたのか? そういう状況になることを」
実が無言でうなずく。
「世界のためとはいえ、よく戻ろうって思ったな」
「僕のいた施設が、化け物に襲われて滅んじゃったからね。一万人くらい暮らしてたけど、僕以外は全員死んだよ」
実があっさり言う。聞いた巌の方が、目を白黒させた。
「その『ねじ穴』に入らなかったら、お前も死んでたのか」
「そうなるね」
実はタオルをとって、ぞんざいに顔をぬぐう。華奢な彼を見ながら、巌は恐ろしくなってきた。
一万人が住む、閉じた居住地。その中で生き残れるのは、一人。気弱そうに見えるのに、実はどうやってそれを勝ち抜いたのだろう。
「……デスゲームみたいなのを想像してるかもしれないけど、そう捨てたものでもなかったよ。みんなが僕を送り出してくれた」
「全員自殺志願だったとでも?」
「ねじ穴の通じる先が、たまたま僕の生まれた場所だったからね」
実がそれから言ったことを要約すると、こうだ。
未来では『ねじ穴』は、台風のように次にいつ発生するか予測できる気象現象である。細かい空気中の放射線量を計り、乱れがあればしばらく後に『ねじ穴』が発生する。その量の多寡で、行き先や時代が違うということまではわかっていた。
施設の危機に発生した『ねじ穴』は、実がやって来た時のものとほぼ同じ線量だったのだ。
「これくらいのズレなら、過去の日本に帰れるとわかった」
失敗するわけにはいかない使命があった。他の人は、自分たちが生きてきた施設の中しか知らない。実が元の世界に戻ったら、一番うまくやれるだろう。そう判断されて、実が送り出されることに決まったのだそうだ。
「僕は、後悔してないよ。他の子供たちは、眠ってる間に安楽死。大人は自分で毒を飲むか、僕をねじ穴まで連れて行く途中で化け物にやられた。それに比べたら、こんなのどうってことないね」
巌は実の顔を見ながら考えた。
彼が初めに未来へ言ったのは、自発的なのか事故なのか。どっちでも、結末は不幸以外の何物でもない。しかし彼はそれでも自分にできる最善手をつかみ取ったのだ。なら、同情は似合わない。手助けが要るだけだ。
と言っても、自分には知識がない。もし役に立てるとしたら、きっかけを与えることくらいだろう。
「そうか。納得してるなら結構だ」
「理解が早くて助かるよ」
「今は、装置の完成に専念しなきゃな。……なあ、この生物はどこで見つけたんだ?」
核を手でいじりながら、巌が聞く。すると実は、首をひねって宙を見つめた。




