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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
黄金になる白
449/675

人は星には手が出せぬ ★

 高校を出て就職したものの、「新人のくせにかわいげがない」と言われてすぐにやめてしまった。仕方無く親が勧める相手と見合い結婚したものの、夫はなにもできない甘やかされたマザコンであるとすぐに分かる。


 子供も出来ないので調べに行くと、五島ごとうは極端に妊娠しづらい体質だと判明した。その日から五島は、夫の父母から『粗大ゴミ』と陰口をたたかれるようになったという。


 働こうにもなんの特技もなく、家に引きこもっていたので友人もいない。そんな時、軍の募集を聞いてダメ元で受けてみた。


「平時なら難しい試験も、まるでザルだった。負けがこんできたから、若くて動ければ誰でも良かったんでしょ」


 おかげであんたと再会できて良かった、と五島は言う。


「今からあんたは刑務所よ。数年では無理、数十年は食らうわ。下手すれば死ぬまでかもね。その間、私は自由に動ける」


 ひっひっという意地の悪い笑いが、五島の口から漏れた。


「指をくわえて見てるといい。あんたの席に、今度こそ私が座ってやる」


 口を動かすのも面倒くさいのでじっと我慢していたゆかりだったが、とうとうおかしくなって吹き出した。


「何よ。すぐは無理でも」

「何十年経ったって無理。不可能。ありえない」


 紫は一喝した。


「後妻をもらうことはあるかもしれないけど、あの人、女の趣味は悪くないから」


 紫は怒っていた。高校の時と同じように。


 五島はあの時も今も、いわおのことなどまるで見てはいない。彼がなにが好きで、なにが嫌いかなんてどうでもいい。ただ不幸な自分を救ってくれそうな存在だったからしがみついた。要は浮き輪代わりになるものなら、何でも良かったわけだ。


 ──なんて人を馬鹿にした話だろう。


「可愛いのは自分だけ。しかもいくつになっても見当外れの暴走を努力だと思い込んで、ずーっと同じ所を回ってる」


 紫は相手を殴るように、言葉をぶつけ続ける。


「かわいそう。それじゃ一生不幸ね」


 五島の手が細かく痙攣する。まさかこの状況で紫が言い返すとは思っていなかったのだろう。


 一事が万事。本当に人を見る目がない女だ。


「囚人輸送車、到着しました」

「よし、移動させるぞ」


 女の戦いに辟易していたのか、甲烈こうれつ葛城かつらぎがほっとしたように立ち上がる。紫は深呼吸をした。


「……行きましょうか」


 これから行くところは、牢獄だ。しかし紫は、まるで居城へ赴く女王のように、ゆっくりと第一歩を踏み出した。



☆☆☆



 走っていた。

 何事かと振り向く人々の視線を振り払うように、巌は走っていた。


 本来、休暇など取れるはずもない。戦況は悪くなる一方で、人の倍……いや、それ以上に働く自分が重宝されていることは身に染みて知っていた。しかし、どうしてもと食い下がり、ようやく短期の休みを取り付けたのだ。


(何があっても、俺が行ってやらねえとなあ)


 今日は精神病院に入っている紫との、面会日なのだ。


 第一報が巌に届いたのは、紫が入院させられてから十日も経ってからだった。始めは信じられず、知らせを持ってきた同期を散々からかったのをよく覚えている。だが、上官から告げられた事実は想像以上に過酷だった。


 徴用によって戦地へ行った紫は、そこで戦闘に巻き込まれ、同僚を全て失う。その時のショックからうわごとをつぶやくようになり、攻撃的な行動が目立つようになったためやむなく入院させられたらしい。


 確かに、筋は通っている。しかし巌はどうしても納得できなかった。


(ガラじゃねえよなあ)


 悪い頭で自分なりに考えて、この結論にたどりついた。


 いつもほやらほやらしている紫だが、芯のところは自分以上に強い。確かに戦場はやりきれないことの連続ではあるが、彼女なら折れるより、最後までやるべきことを成そうとするはずだ。


(とにかく本人に会いたい)


 その思いが、巌の足を動かす。すると、不意に横から怒鳴り声が聞こえてきた。


「そこの大男、止まれ!!」


 逆らうことを許さないような引き締まった声。巌は思わず急ブレーキをかけた。そして声のする方を見ると、病院の正門は遥か後方にあった。頭をかきながら引き返す。門の横に直立していたまつりが、巌をにらみつけていた。


「全く。猪か、あんたは」

「すまん……」

「中では、紫に会うまではめったなことはせんとってよ。正直、なにが災いするかわからんから」

「世話になる」


 巌は深々と頭を下げた。今回の面会はまつりの力がなければ、絶対に実現しなかっただろう。


 自分から言い出すことはなかったが、まつりは元公家の出身で、今でも近畿圏では広く知られた一族だった。それでもここまでこぎつけるには相当苦労したらしい。巌はそこにも、何らかの意図を感じる。


 二人はそろって、病院の門をくぐる。無機質な白い建物は普通の病院と変わりないが、入ってみると違いがあらわになった。


 ガラスの扉の内側にもう一枚、がっちりした鋼鉄の扉が備えてある。案内役の職員が鍵を取り出しながら言った。


「常時閉めておりますので、お帰りになる際は声をかけてください」


 了承し扉をくぐると、ホールに出た。面会人のためであろう、長椅子と自動販売機がまばらに設置されている。


「出てこられるのか?」

「……いや。紫のおる個室で話せるよう手配した」


 さらに奥へ進む。全ての病室の扉はホールにつながっており、看護師には見えないごつい男たちが見張りに立っていた。彼らが見守る中、職員が個室の扉を開ける。


「内側からは開かないので、帰る時は私の携帯を鳴らしてください」


 そう言い残して、彼は去っていった。巌は彼がいなくなるとすぐ、室内に目を向ける。


 紫は、ベッドの上で体育座りをしていた。少しやつれてはいるものの、巌が知っている通りの穏やかな表情である。


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