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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
黄金になる白
424/675

落日の老王 ★

 数時間前に真澄ますみが通り抜けた道に、今度はいかつい装甲車が入ってきた。それが止まると、真っ先に初老の男が降りてくる。


 前髪を固めてオールバックにし、しっかりと手入れをした顎髭をもつ、いかつい男だった。当主の帰還とあって、出迎える使用人たちの顔にも、甲烈こうれつの時にはなかった緊張がにじみ出ている。


晴賢はるかたさま、お帰りなさいませ」

「小林との話はどうなった」


 代表して葛城かつらぎが声をかける。しかし挨拶を交わすこともなく、晴賢は会談の結果を聞いてきた。よほど気にしているとみえる。


 葛城は悩みながらも、かいつまんで説明した。話が進むにつれて、晴賢の顔が紫色に変わっていく。


「甲烈を呼べ」


 不自然までに落ち着いた声が爆発の前兆だと知っている葛城は、大人しくその命令に従った。


 間もなく、甲烈が姿を現す。さっきまで寝こけていたため、足元がおぼつかない。


「……なんだよ」


 起こされたところで機嫌の悪い甲烈は、父をにらみつけた。


「小林との会食だがな」


 晴賢が息子をねめつける。さっきの甲烈とは迫力が段違いだった。たちまち甲烈はすくみ上がって、目をきょろきょろと動かし始める。


「そ、そんなに怒んなくてもちゃんとやったよ。確かに始めはちょっと遅刻したけど、爺さんにこにこして帰ってったからいいだろ」


 晴賢は手近にあった酒瓶を持ったまま、じっと甲烈の言い分を聞いていた。そして彼が口をつぐむやいなや、大きく息を吸い込む。


「……この、大たわけがァッ!!」


 部屋中のガラスというガラスが震えるほどの声が、わんわんと響き渡った。それと同時に、晴賢が握っていた酒瓶が甲烈めがけて投げつけられる。瓶は甲烈の顔すれすれのところをかすめ、後ろの壁にぶつかって砕け散った。


「ご……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 久しぶりに父の大爆発に晒された甲烈は、バッタのように頭を下げ続ける。しかし、理由もきちんとわかっていないのに詫びを入れるその卑屈さが、かえって晴賢の怒りをかきたてた。


「ほう。謝るということは、何が悪いか分かっているのだな。ではこの父に説明してくれ。お前の行動の、どこがまずかったのか」

「えっ……」


 甲烈は何も考えていなかったらしい。しばらく口の中でもごもごとつぶやいていたが、ついに白旗をあげた。


「わかんねえよ」

「二十何年、最高の教育を施してやってこのザマか。俺はどうして、こんな失敗作をこしらえてしまったのやら」

「失敗、だと?」


 流石に甲烈の顔にも血が昇る。しかし晴賢はまるで意に介さない。


「それとも別の表現が良かったか? 穀潰し、出来損ない、無用の長物、負け犬、落伍者、無為徒食。幸い日本語には貴様のようなものをあらわす単語がたくさんある。好きなのを選ぶがいい」

「ぐ……」


 口でも腕力でも父には敵わない。そう分かっている甲烈は、もう何も言い返せなかった。助けに入っても事態が悪化するだけだと判断した葛城は、すがる目の甲烈から視線をそらす。


「……どこが悪かったか、教えてください」


 ようやく甲烈の声に、後悔の色が混じる。それを聞いた晴賢が、皮肉っぽく口元をつり上げた。


「運が良かったな、馬鹿息子。いかに俺でも、この時間になると疲れというものが出てくる。しゃべってやるから、ありがたく思え」


 手元のグラスに酒をついで、晴賢は一気に飲み干す。それから、順に甲烈の欠点を指摘していった。


 今のところは、甲烈もおとなしく聞いている。しかしこの子は、次にそれを生かすということを全くしない。反省しても、行動が改まるのはその後の一時だけ。喉元をすぎてしまえば、また性懲りもなく同じ事を繰り返すのだ。


「今までのことについては分かったな。では最後の一つくらい、少し考えてみろ」


 もちろん晴賢も、息子の性分についてはよく知っている。だからこそ、こうやって少しでも身につけさせようとしているのだ。


「鳥撃ちのことか」

「そうだ。よく考えれば、子供でも分かる答えだろう」


 晴賢が椅子に深く腰掛ける。その前で甲烈がうなり出した。これは長くなるぞ、と葛城は心の中でため息をつく。


「小林様の銃の、射程を聞くのを忘れた、かな」


 ようやく、甲烈が答えを絞り出す。次の瞬間、晴賢は立ち上がって息子の胸ぐらをつかんだ。


「ほう」

「ぐ……だって、射程の短い銃もあるし……」

「あれほどの実業家が、狩りに不向きな拳銃でも持ってふらふらしていたとでも言うのか? 人を舐めるにもほどがあるぞ」


 晴賢は口を動かしながら、息子をつかんでいる手に力をこめる。甲烈が耐えきれずに咳き込み始めた。


「鳥の集団がいて、鉄砲の弾は三発。この場合、散弾でもなければ仕留められるのは一回に一羽のみだ」


 そう、それが正解。葛城は無言でうなずいた。


「何故かと言いたそうな顔をしているな。簡単なことだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。お前じゃあるまいし、いつまでも呑気に撃たれるのを待っている間抜けなどおらんわッ」


 晴賢は一気にまくしたて、甲烈を床にたたきつける。したたかに腹を打った甲烈は、背を丸めたままうめいていた。


「こ、甲烈様……」

「捨ておけ。受け身の訓練すらろくにしていなかったのだろう。全くたるんどるッ」


 甲烈に駆け寄ろうとする使用人たちを叱りつけてから、晴賢は足音高く部屋を出て行った。葛城は黙って晴賢の後を追う。自室に戻ると、彼はすぐに肘掛け椅子に腰を下ろした。


 年季の入ったアンティークばかりが並ぶ、華やかな金装飾の部屋。誰もが憧れる豪奢な住まいだが、ここの主はちっとも幸せそうに見えない。彼のいるところだけが、日が照らすのを忘れたかのように暗い。葛城がそう思った時、晴賢が口を開いた。


「どこで間違ったのだろうな」

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