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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
黄金になる白
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かくして世界は過去を見る

 ノンストップでたたきつけられる罵詈雑言に、五島ごとうの顔がひきつった。無線に入り込まれたことよりも、無遠慮に罵られる方が心をかき乱される。


 ――私はこんなことを言われていい人間じゃない。あの女ばかりちやほやされていた学生の頃には、もう戻りたくない。


「卑怯者。こっちをひっかけようとしても、そうはいかないわよ」


 五島は精一杯強がってみた。しかし無線の向こうの相手は、鼻で笑うばかりである。


「『そうはいかない』か。兵法の基本のきも知らん腐れ女がようも言うたわ。さっさとその反吐が出るような汚い本性をさらけ出せ、塗り壁」

「あんた一体誰なのよっ」


 声を荒げてから、五島は気付いた。『塗り壁』と自分を呼んだ男は、今まで一人しか存在しない。


「……まさか、淀屋よどや

「けけけけけ」


 意地の悪い笑いが返ってきた。


 まさか。嘘だ。ありえない。


 淀屋は確かに、高い戦闘能力を持っている。しかし彼は徹底的な反三千院さんぜんいんだったはずだ。それは決して形だけではなく、実際に頭首を怒鳴りつけることさえあったという。そのため、今回は完全に眼中になかった。部下たちも、その見解に同意していたのだ。


「なのに、どうして」

「考えても無駄無駄。こんなにあっさり秘匿通信に割り込まれるようなボケカスの集まりではな」


 五島の頭に血が上る。一刻も早く、この無礼な男に消えて欲しい。兵を回して本陣を狙え、と五島はまくしたてる。しかし、肝心の司令官の返事はさえない。


「余計なことを言うんじゃねえよ」と思っているのがありありと分かる話ぶりに、五島は苛立った。


「元はと言えば、あんたらがグズグズしてるから――」

「今は戦闘中ですので、一旦切ります。大事な報告を聞き逃すといけませんので」


 司令はそう言うと、叩きつけるように通信を打ち切った。


 まただ。

 同じ事を頼んでいるのに、みんなが私を邪険にする。


 あの女が言えばみんな息を切らして駆けつけるくせに、私が言うとさぞつまらないことだという風に放っておかれる。


「なんで、なんでってさっきからうっさいわ塗り壁」

「その名前で呼ぶなッ」

「ええやんけ。塗っても塗っても綺麗どころか平らになるだけのブスにぴったりやと思て、俺が与えてやったご立派なお名前やないか」

「殺す」

「だからそれが無理やと言うてるんや」


 淀屋の声が、急に凄みを帯びた。


「お前の領地は入り江があって山があり、さらにあちらこちらに林や河がある。こんなとこでは、なんぼ数がおったところで各班分かれて局地戦になるんや。数の優位はこれでなくなる」


 核や航空機部隊持っとったら別やけどな、と淀屋はうそぶく。


「おまけにそっちの軍は各地からの寄せ集め、司令官すら部下になじめず戸惑っとる。これで勝てるわけないやろ」


 図星をつかれた五島はうめいた。


「どうせ金で魂を売ったくせに……」

「――お前にゃわからん世界よな。俺は半世紀前から持っとった夢を叶えただけやが」


 淀屋がつぶやいたちょうどその時、戦場を大車両団が駆け抜けた。


 戦車、軽・高機動車、SAM、ミサイル搭載車、トラック、ロードローラー、通信車。ありとあらゆる車たちは、五島の軍に目もくれずに一直線に走り去っていく。


 空も騒がしくなっていた。AH、CH型両ヘリが隊列を組み、その上空には偵察機がいる。その全てに三千院の蛟の紋章が踊っていた。まさに全力投入、金と力の結晶の進軍である。それを見て、五島の口から声が漏れた。


「私のものだったのに」


 自分が手にするはずだったのに、何故か指の間をすり抜けていった栄光の象徴。五島が思わずモニターに手を伸ばすと同時に、淀屋の大笑いが始まった。


「さあ、お前の汚い首をもらうとするか。なんせこっちは、五十年も待ったんや」


 無線越しなので顔は見えない。しかし五島の脳裏には、舌なめずりをしている淀屋の顔がはっきり浮かんできた。



☆☆☆




 淀屋が進軍を始める、少し前のこと。


「よう」


 電話をかけた葵に対し、淀屋はいつもの調子で暴言を吐いた。しかし予想より早くストックを使い切り、「本題は」とうながされる。


 葵は内心で笑った。淀屋にも、今なにか起きているということは分かっている。気が小さいこの男は、自分が安全だと確認できるまで電話を切るわけにはいかないのだ。


 淀屋がついてきていることを確信してから、葵は切り出した。


「私兵をはき出せ。うちの弾よけになってもらう」

「ああ?」

「場所といい戦力といい、お前のところが一番適任だ」

「ほう、まだ女も知らんクソガキがずいぶん偉うなったのう」

「お前も知らんだろ」


 葵のカウンターの一発で、淀屋は黙ってしまった。やはり今日はいつもより弱い。


「出せ出せ言われても、俺にはなんのメリットもないな。もう長う生きすぎて、なんの悔いもなし。妖怪が来るなら勝手にしたれ」

「本当にそうか?」


 今度はさっきより、長い沈黙が流れた。間を見計らって、葵が口を開く。


「あるだろう、悔いは。()()()()()()()()()()()()

「…………」

「それを済ませてから死にたくないか」

「……今更、どうにもならんわ」

「そんなことはない。三千院紫さんぜんいん ゆかりが、帰ってくるぞ」



 かくして時間は動き出す。

 しかしその前に、語らねばならぬ物語がある。

 ここに至るまでの全てに関わる、ひと組の男女の昔話。


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