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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
黄金になる白
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お家騒動、犬も食わない

「……俺ならできる、とでも?」

胡蝶こちょうがいるから大丈夫、とか。狐の眷属はたくさんいるしね」


 佐門さもん月影つきかげが、めいめい意見を述べる。しかしそのどちらにも、氷雨ひさめは違うと答えた。


「あの方は涼しい顔でこうおっしゃいました……『そんなものはいずれ綺麗になくなりますから、心配しなくともよろしい』とね」


 氷雨がそう言うと、月影と佐門の顔色が変わった。二体とも、それなりに歳をくった大妖怪だ。複数の妖がいれば、もめ事がないなどということはありえない。そう、本能的に知っている。


 ――それを綺麗になくす、とは、すなわち妖怪自体がいなくなるという結論になりはしないだろうか。


「全く、怖い怖い。最初にブスっといかれるのは誰だろうなあ」


 佐門がわざと大声をあげて笑った。


「最初なら鞍馬の鬼一法眼きいちほうげんか、筑後の九千坊くせんぼうか……」

「あ、やっぱりね」


 訳知り顔の月影に対し、氷雨が聞き返す。


「やっぱりとは?」

「あれ、氷雨に言ってなかったっけ。この前京に行った時、僕は『隙があったら鬼一を殺せ』って言われてたんだよ」


 月影があっけらかんと言うと、氷雨が気色ばんだ。


「そんな大事なことを、なんであっさり引き受けるんですかっ」

「面白そうだったから」


 氷雨が蛇のような目をして、月影の首根っこをつまみ上げた。やろうと思えば逃げられる月影も、そのまま大人しくしている。


「今度から、私にも必ず相談すること。いいですね」

「ふぁーい」


 月影が適当な返事をしたところで、ふらふらと火球が室内に入ってきた。


「何だ、どこのふわり火だ。妙に肝が据わってんな」

「私が飼ってるんです」


 氷雨がおいでおいでと手招くと、ふわり火は跳ねて彼の手中におさまった。


 そして、小さな声でぼそぼそとつぶやく。氷雨はいちいち相づちをうちながら、報告を聞いていた。


「……どうやらこちらが思っていたのと、違う動きになっています」


 ふわり火の話が終わると、氷雨が腕を組んだ。


「鬼一討伐じゃないってのか?」

「ええ。逆に、地方のもめごとの仲裁を頼んだとか。鬼一も渋ったようですが、結局受けたようですね」

「断る理由がないからねえ。……しかし、天逆毎あまのざこさまの方はどういうつもりなんだろ」

「こうではないか、と邪推はできますが。まあ、今は口にしないでおきましょう」


 氷雨はそう言ってから、じっと考え込んだ。それから月影と佐門がいくらせっついても、彼は微動だにしなかった。



☆☆☆




 山々が体を寄せ合うように集まった、紀伊の一角。奥手は霧でけぶり、半端な覚悟で足を踏み入れる者を拒絶しているようにも見える。そこに分け入り、林を抜け、さらに背の高い草でできた藪を通り抜けると、古い社が姿を現す。


 長い階段を昇ると、白馬の像が来訪者を睥睨へいげいする。もともとは海上安全と厄除けをもたらしたらしいが、今境内を好き放題に闊歩かっぽしている連中には、そんなものは必要ないだろう。


 大きな巻き貝を背負った、手足の長い鬼たち。彼らは時々ぶつかりあいながら、知った顔を探している。 その中で、鬼一は体を硬くして座っていた。隣には同じく、正装した飯綱いづなと腹心の部下たちが控えている。


 ただひとり、無理矢理ついてきたヴィオレットだけが忙しく動き回っていた。


「ねー、あれは誰?」


 紀伊に来たことがないという彼女は、居並ぶ現地の妖怪たちをなめ回すように見ている。


「皆困っているではありませんか」


 ついに飯綱が止めに入った。しかし彼女はまだ観察をやめない。飯綱はひとつ、咳払いをする。


「説明してあげますから、そこに座りなさい」


 そう言われると、ヴィオレットは嬉しそうにちょこんと座った。根が素直なのだ。鬼一は笑いをこらえる。


「まず、始めにおさらいです。今ここにいる原因はなんでしたか」

「あっちの赤いサザエと、こっちの白いサザエがもめてるからです」

「……大体合ってますが、あちらは立派な鬼なんですから、それにふさわしく語るように。赤いのが日波ひなみさま、白いのが風波かざなみさまです」

「そんな名前だった気がする」

「どちらも亡くなられた大親分、達波たつなみさまがたいそうかわいがられていた武将です」


 そもそもの発端は、達波とその跡継ぎが、人間たちに討ち取られてしまったことだった。敵増援を見逃したのが命取りだったという。


 頭首だけならまだしも、若い跡取りまでいなくなってしまったことで、栄螺鬼さざえおに一門は大きく揺れた。


 幸いまだ子は二体いたものの、どちらもぱっとしない出来映え。


 どちらを選んでも大変なことになるのは避けられないが、選ばないといつまでたっても話が進まないどうしよう。


「……と、こういう流れだったわけです」

「とてもよくわかりました。ぱちぱち」


 ヴィオレットは拍手をしながら頭を下げる。しかし次に顔を上げた時には、また不思議そうな面になっていた。


「はい質問。その集団、他にきーぱーそんはいないんですか」

「きー……? なんです?」

「重要人物、くらいの意味か。ヴィオレットは人間の言葉を時々覚えてくるな」


 鬼一が解説してやると、飯綱は顔をしかめる。


「そんなくだらないことばかり覚えて」

「時々人間の情報も取ってきてあげてるじゃん。いいから続き続き」

「わかりましたよ。……で、跡継ぎ決めにあたって、発言権が強いのがさっきの日波さまと風波さまです。両者の意見が一致すればよかったのですが」

「割れたのね」

「おっしゃる通り。日波様は二番目の子をひいきにしてらっしゃる。対して風波さまは残った末子を推す。と、大方のものは思っているでしょうね」


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