悪意で出来た蜘蛛の巣を解け
「私がそれで納得すると思ってますか? あなたが加藤に怒りを抱いていることは分かりましたが、あまりにも明らかにされていないことが多すぎます。まず一つ目、今の計画だと則本さんが完全にいらない存在です」
怜香のみたところ、今回の犯罪はあくまで計画的に進められている。佐久間にしても三輪にしても完全なバカではないのだ。必要がないなら、則本を引っ張り込んだりはしなかったろう。
「罠に使った小判ひとつとってもそうです。一介の研究員風情が、億単位の小判を自由に用意できるほどの金とコネがあるとは思えない。そんなものがあったら、あなたはそもそも犯行に踏み切ってなかった。さっき自分で言いましたよね、金と力はなかりけりって」
怜香の疑いを晴らそうと、佐久間は顔に汗をかきながら、つっかえつっかえ話し始める。
「ぼ、僕は妖怪の専門家だからね。妖怪の隠し財産を利用してやったんだよ」
「どうやってそれを知ったんですか? 加陽山定期見回りの軍隊関係者ですら知らなかったのに? あなたが彼ら以上の体力と装備でここを捜しまわったとはとても思えないんですけど」
佐久間の膝が小刻みに揺れた。怜香の質問に対する答えは返ってこない。
「それに、麻薬の投与もそうです。加藤を陥れたはいいが、捕縛後に薬物検査をされて陽性反応が出たら、三輪さんの関与なんて一発でばれてしまいますよ。錯乱も部下の殺害も、麻薬投与下で正常でなかったとなれば、情状酌量もあるかもしれない。そもそも、加藤が怪我をすることすら分からないのに、何故かあなたたちの計画は『彼が痛み止めを欲しがること』が前提になっているのもおかしい」
「あそこで狸がでてこなければ、僕らが偶然を装って加藤を襲ったの」
則本がようやく口を開いたが、彼の瞳はきょろきょろと左右に動きっぱなしだ。
「不可能です。加藤はたとえ不真面目だったとしても、ずっと軍隊で訓練を受けている熟練です。現役時代ははるか昔、しかも後方部隊だった皆さんが傷つけられる相手じゃない。ましてやそれが不自然ではない状況なんて、どうやったら作れるんですか」
怜香は則本を黙らせ、佐久間と三輪をねめつける。ずっと言いたかった一言を、ようやく口にした。
「ひとつだけ、これなら説明がつく、という仮説があります。あなたたちが、人類を裏切って妖怪と手を組んでいたという場合です」
小判は、妖怪たちがもともと持っていたもの。それを利用されることを承諾し、佐久間に隠し場所を教えた。または、この計画に都合のいい場所に妖怪たちが小判を運び込むことまでしたかもしれない。
加藤を傷つけたあの狸も、偶然ではなくあの場所で襲いかかることが決まっていた。囮としてキョウモウダヌキを使うことも織り込み済み。洞窟で怜香たちを襲ってきた天狗は、加藤の弾が当たっても当たらなくても、こちらに向かってくることが決まっていた。
雷獣たちの襲撃のときも、たまたま則本を追ってきたおかげで、佐久間たちは先制攻撃をうけなかったわけじゃない。彼は佐久間と三輪を安全なところへ誘導するために落ちた。こう考えれば、全ての流れはつながることになる。
「証拠がない。言いがかりだ」
「物証ならありますよ」
佐久間が唾を飛ばして反論してきた。怜香は上着のポケットを探り、そこに入っていたものをぐいと佐久間達のほうへ押しやる。
「見覚え、ありますよね? 特に則本さんは」
怜香が取り出したのは、軍で良く使われるタイプの小型通信機だった。だが、改造されているらしくボタンの数が激減している。通信の「入」「切」、あとは連絡先を登録でもするのだろうか、大きな黄色いボタンが三つ並んでいる。
「則本さんが改造したんでしょう。内部の部品から指紋が出ましたから、照合すればすぐわかります。何故、こんな改造をしたんですか? 隊員たちは通常タイプの機械で十分対応できてますよ」
「いや、ちょっと趣味っすよ」
ぎょっとした表情を張りつかせたまま、則本が言う。むろん怜香はそんな寝言など信じない。
「趣味で作ったものを任務に持ち込むんですか? そもそも装備チェックがあるから、純正品以外の持ち込みは不可なのに、なぜ持ってきたの?」
則本がええっと、と時間稼ぎをしようとしたので、怜香は彼の邪魔をした。
「これは、明らかに無線に不慣れな相手、難しいことはすぐ理解できない相手に向けての改造です。たとえば、妖怪とか」
「そうじゃないかもしれないっすよね!」
「普通ならね。でもこの機械、どうやって発見されたかわかります? 巡回していた部隊が、キョウモウダヌキを捕まえましてね。彼らが持っていたのを取り上げたんですよ」
通常隊員が使うものを持っていただけならどうということはない。盗まれたものね、で終わりだ。しかし、こんな特殊な、リストにものっていない改造機をたまたま持っているなんてことはありえない。
「あなたたちが事前に妖怪に接触し、キョウモウダヌキに機械を与えて使い方を教えたと考えるしかないんです。その時、使い方だけでなく『使い終わったら捨てろ』と指示しなかったのは完全なミスですけどね」
残念ながらキョウモウダヌキには、自分に疑いがかかる前に証拠を隠すという知恵がなかった。そのため、改造通信機を抱えたままうろついていたのだ。
「さて、ここで考えてみましょう。あなたたちが、わざわざ時間と金をかけてまで通信機を渡したのはなぜか。それは、加藤になりすまし、救援を求める通信を送ってもらう必要があったからです」
「なりすます……って、無理だよ。キョウモウダヌキは化けるのが下手だ。すぐ見破られて終わりだね。実際、君たちだってあの下手さ加減は見てるだろう?」
佐久間が口をはさんでくる。怜香は、あの妙に不細工なニセ大和を思い浮かべた。
「確かにへたくそでしたね。大和君が怒り狂ってました」
「そうだろう、だから」
「でも、声は似てましたよね」
怜香はぼそりと言い放つ。勢いよく反論しようとしていた佐久間が、はっと息をのんだ。
「声だけ聞いた時点で葵が違和感を抱いたのは、口調が微妙に本物と違ってたからです。今思い出しても、本物と一言一句同じことを言っていたら、私は見破れなかったと思う。見た目があまりにお粗末なので、『化けるのは下手だ』と思いこんでしまいますが、声だけの演技なら彼らは非常に上手でした。頭が悪いので台詞を教え込むのが大変でしょうが、それさえクリアしてしまえば見破られる恐れはほぼなかった。偽加藤に仕立てるには最適でしょう」
「あれが加藤が本当に送ってきた通信だったかもしれないだろう。あいつだって通信機持ってたんだから」
佐久間が言い訳したが、怜香は低く笑ってとりあわなかった。
「それはないです。薬で加藤は完全に己の能力を過信してました。助けを求めるほど気弱な状態じゃなかったと洞窟にいた全員が口をそろえている。部下が投降を勧めても彼だけは楽観してました。
それに、彼は最後まで小判を諦めてなかった。わざわざ自分の位置が特定される通信端末を起動させたとは思えません」
怜香は息を継いで、さらに話し続ける。
「そうやってわざわざよこした偽通信は、何が目的だったのか。それは、通信が入った結果起こったことを見ればわかります。私たちを始め、応援含む多数の部隊が加藤の元に急行し、大量の妖怪と戦闘行為にうつりました。これこそがあなたたちの目的だった」




