引きずり出された暗い膿
作戦が開始された時は、日が昇ったばかりで空気も冷たく澄んでいた。今はもう日が西に大きく傾き、使い古されたようなぬるい空気が辺りに充満している。怜香は大きく口をあけ、浅い呼吸をした。
「準備が整いました。こちらへどうぞ」
部下に呼ばれ、怜香は立ちあがった。西日を浴びて、影が長く伸びる。うだるような暑さの中、口を聞くこともなく怜香は淡々と歩き続けた。
目の前に、巨大なテントが見えた。ポール式と呼ばれる筒状のもので、一定間隔で鉄のフレームが張り巡らされている。布地はくすんだ緑にさらに少しグレーを混ぜたような、なんともいえない地味な色合いだ。
「この中?」
「はい。三千院一尉のご指示で、武器を持っていないことは確認させております」
「ありがと」
怜香は部下を外に残し、銃を片手に暗いテント内に足を踏み入れた。内部はかなり広く、大の大人が数人並んで寝られそうだ。テントの中で座っていた人間たちが、来訪者に気付いて顔を上げる。怜香は、覚悟を決めて彼らに話しかけた。
「こんにちは。ご機嫌いかがですか、佐久間さん、三輪さん、則本さん」
「やあ、久世さん。帰ろうと思ったら僕らだけ引きとめられて、この狭い所にカンヅメだ。これは一体どういうことかな」
真っ先に佐久間が苦情を口にする。続いて、三輪と則本も堰を切ったように話しだした。
「ねえ、あの加藤ってやつはどうなったのよ。あいつを捕まえる方が先でしょ?」
「俺達、そんなにあいつに似てますかあ。似てないですよねえ」
知った顔を見て安心したのか、三人の話は止まらない。知り合いだと思って、気が緩んでいるならこれからやる事には好都合だが、さて、どうなるかしら。怜香は心の中で意地悪くつぶやいた。
「加藤なら当然拘束されていますよ。まだ処分は確定してませんが。顔面陥没のおまけつきです」
「うわ、見たかったわ。なんで呼んでくれなかったのよ」
三輪がそう言うと、他の二人もつられて笑い出した。笑っていられるのも今のうち、と怜香は思いながらわざとそっけなく言う。
「佐久間さん、元クラスメイトに随分冷たいですね。心配してあげないんですか?」
「だからそんなに仲良くなかったんだってば。やったことを考えたら、それくらいされて当然だしね」
佐久間はそう言いながら、怜香の顔をじっと見つめてくる。
「そろそろ教えてくれないかなあ。僕らだけ帰してもらえない理由。早く研究所に戻りたいよ」
あくまでもとぼけるつもりの佐久間に向かって、怜香はひとつ爆弾を放った。
「分かってらっしゃるくせに。今回の騒動、仕掛け人はあなたたち三人でしょう?」
「何だって?」
「加藤を陥れるために、軍隊まで動かしたんですね。最初はまさかそんな人だとは思いませんでしたよ」
ぽんぽんと止まることなくきわどい発言を繰り返す怜香に、佐久間が抗議した。
「君ね。僕が何を言っても怒らないと思ってるの? 陥れるも何も、卒業した後は全然会ってなかったんだよ。何の関係もない人にそこまでするほど暇じゃないよ」
「加藤はそうでしょう。貴方のことは完全に忘れていた。でも、貴方は少なくとも前から彼について調べていて、情報を持っていたはずです」
怜香が言うと、佐久間の顔が初めて大きく歪んだ。温厚な笑顔が消えると、佐久間はひどく卑屈に見える。
「一体何の根拠があって」
「違和感があったのは最初からです。加藤と彼の子供の話になった時、彼が『子供は五歳』だと言いましたよね。それに対して、あなたは『七五三のお祝いをしなければ』と言っていた」
「それのどこがおかしいんすか? 五歳なんだから当たり前っしょ?」
則本が口をはさんでくる。彼は本当に加藤のことを知らないのかもしれない。が、佐久間と三輪は顔を見合わせた。
「七五三は、男女によって祝う年が違うんですよ。三歳ならば男女どちらも祝いますが、五歳でお祝いするのは男子のみです。佐久間さん、あの時子供の性別も聞かずに、いきなり断言しましたね」
「そんなことで? 単なる勘違いだよ」
佐久間が肩をすくめた。そうだ、それ単体ではなんの証拠にもならない。しかし、情報が集まれば一つの道となる。
「最初は葵もそう思っていたようですが、念のために裏を取っていました。本人が言うには、コネと金があるなら不安要素は潰しておくのが当たり前。ひとつ嘘をつく奴はほかの部分でも嘘をつく、だそうです。ただ、報告が来たのがことが起こってからだったので、計画の阻止まではできませんでしたが」
怜香が見守る中、佐久間が膝を揺らしはじめた。だんだん、彼の顔が青くなっていった。




