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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
その参謀、十三歳
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お前の価値は俺が知る

 夢中で走り続けて、やっとあおいの見慣れた自宅の門構えが見えてくる。早く怜香れいかを連れて入りたいのに、入り口までかなり遠い。塀ばかり続くだだっ広い我が家が、その時ばかりは恨めしかった。


 ぜいぜいと荒かった葵の呼吸がようやくおさまった時、怜香が話し始めた。


「ありがと、葵ちゃん。さっき、すごく嫌だったの」

「ああ」

「でも、あれで終わりじゃないよね」

「今後、ずっとだろうな。言う人間は変わるだろうが、親父さんの評価は変わらない」


怒りにまかせて、正面から言われるか。

遠まわしに絡め手で言われるか。

それとも、決して口には出さずに、目で語るか。


 どんなに軍上層部が奔走ほんそうしても、怜香の父がよく思われることは今後ないだろう。怜香の受難はきっと、死ぬまで続く。葵にはそれがわかっていただけに、安易な慰めは吐けなかった。


 それでも自分は、お前の味方だから。そう言おうとして葵が口を開いた時、怜香がぽつりと言った。


「わたし、頑張る。負けない」

「ん?」


 意外な一言に葵は眼を大きく開く。怜香は小さい拳を握りながら、葵に語った。


「お父さんがしたことは、もう取り返せない。死んじゃったから。だったら、わたしが頑張る。人の倍も三倍も頑張って、わたしの子供は、あんなことされないようにする」

「……そうか」

「わたし、大きくなったら軍人さんになるよ。立派なひとに、なるよ」

「そうだな、なれるよ。怜香なら」


 あの日怜香の吐いた言葉も白い息も、生まれてすぐに空に溶けていった。しかし決意は消えず、今日までともり続けた。そして、いくつもの夜を超えて一組の少年少女をここまで連れてきたのだ。



☆☆☆




「あー、そんなこともあったよねえ。もう、色々されすぎて忘れてた」


 思い出話を終えた怜香があっけらかんと笑う。さすがに葵がつっこんだ。


「お前。頑丈すぎるぞ」

「もろい女よりいいでしょ。それとも何? 『私ってどうしていつもこうなの』とでも言って膝でも抱いてる女の方が良かった?」

「頑丈な方で」

「わかればよろしい。さあ、仕事をよこしなさい」


 思いだしてしまった怒りをぶつける対象が欲しいのだろう。怜香はらんらんと目を輝かせて葵に詰め寄ってくる。


「よし。その意気に免じて、思いっきり面倒なのをやろう」

「ふはは、苦しうないぞ」


 葵は怜香の横に腰をおろし、今まで分かっていることと、これからすべきことを順番に話していく。最初は冷静な顔で聞いていた怜香だったが、話が進むにつれて顔面蒼白になった。


「え、私がそんな重大な役でいいの?」

「お前だから、できると思って頼んでいる。俺が無駄なことをすると思うか?」

「しないよねえ。わかった。全力でやってみせましょう」


 そう言って、怜香はとんとんと胸元を叩く。彼女が大事なことを決めた時、必ずする仕草だった。


「変な癖だな」

「いいでしょうよ私の勝手だもん」


 ぷっとほおをふくらませたまま、怜香は腰をあげて機体から降りる。


「じゃあ、行くか」


 葵はそのままヘリに残り、自分付きの部下が荷物を積みこむのを見ていた。


「おおい、これでええか」


 部下に混じって大和やまとが入ってきた。声につられてそちらを向いた葵が二、三度瞬きした。他の隊員の倍くらいの荷物を大和一人で持たされている。


「何だそれは」

「罰や。後から来とったおっさんが、俺より上官でな。その場で言い渡されたわ」

「やらかしたのか」


 葵が聞いても大和は何も答えず、ぷいと横を向く。


「ええやないか、細かいことは。俺がついぽくっとな、やってもうたんや」


 誰かに一発喰らわせたということか。大和はぼかしたつもりだろうが、状況が筒抜けだ。


「喧嘩でもしたのか」

「そんなとこや」


 しかし葵が何回聞いても、大和はかたくなにそれ以上言わなかった。これは吐かせるにしても長引くな、と思った葵は追求を諦める。


 そうしているうちに荷物で機内が埋まり、葵は離陸の指示を出した。


「葵、大和君、みなさん。無事で帰ってきてね!」


 機体の外から、怜香の声がかかる。葵と大和はガッツポーズで答えた。何人か聞こえなかったふりをしてそっぽを向いた隊員がいたが、怜香は笑顔のままだった。


 ドアが閉まる。プロペラが回り出し、機体は再び空へ舞い上がった。葵は怜香が落ち込んでやいないかと思い、小さくなる怜香の姿を双眼鏡で見ていた。


「ん?」


 幸い怜香は元気いっぱいに飛び跳ねていた。彼女から目をそらした時に、ふっとよぎった画像が気になった。記憶と違う、妙な感覚がある。葵は双眼鏡を目に押し当てた。


「……何だありゃ」


 違和感の正体はすぐ分かった。加藤かとうの顔が、派手に陥没していたのだ。まるで誰かに正面からストレートパンチをくらったような具合で。


「何か異常でも? 着陸させますか?」


 双眼鏡片手に固まっている、葵の様子に気づいた操縦士が問いかける。


「いや、いい。予定通りにやってくれ。もう済んだ」


 葵は首を横に振った。葵の指示が出ると、機体は目的地に向かって前進しはじめる。かすかな振動の中で、葵は深く座席に腰をおろした。隣に座っていた大和がしれっとした顔で葵に聞いてくる。


「何かあったんか」

「恩に着る」


 嫌みも皮肉もない。葵はただ、それだけ大和に言った。


「きしょいなあ」


 大和も、口は悪いが返事は普段よりきつくなかった。そのまま、二人は何も言わずにただ並んで座っていた。


 大和が加藤を殴ったのは、間違いなく怜香に対するあの一言が原因だろう。自分以外に怜香のことで、あんなに怒る奴がいたのかと葵は嬉しく思った。


 こうやってわかってくれる奴もいるのだ。死ぬまでかぶさってくる罪があっても、軽くすることはできるのだ。雨を止めることはできなくとも、横から傘を差しかけて歩くことはできるのだ。


 怜香は強い。徐々にこうやって理解者を増やし、いつかそう遠くない未来に自分など必要としなくなる時が来るだろう。誰か、同じように誠実でまっすぐな相手とともに歩いて行くようになるに違いない。それがあいつにとっても最良だろう。


 自分は、その日までだけ一緒にいよう。決して見返りなど求めずに。


 葵の静かな決意をよそに、ヘリの操縦士から連絡が入った。


「間もなく目標地点に到達します。降下開始」

「了解」


 着いたらすぐに、新たな戦いの準備が始まる。さあ、自分はどこまで戦えるだろうか。葵は少し面白く感じながら、隣の大和の頭をはたいた。


「おい猿」

「誰が猿じゃボケッ」

「気を引き締めろよ。ここから先が、山場だぞ」

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