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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
その参謀、十三歳
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かわいそう 言ったお前が一番哀れ

「……葵ちゃん?」


 か細い声が、あおいの耳に飛び込んできた。廊下の奥の方からかしゃ、と鍵の回る音がする。葵が飛びつくようにそこへ行くと、怜香れいかがドアを細く開けて、中からこちらを覗き込んでいた。


「無事か」

「うん」

「大変、だったな」


 そのような一言で片づけられるものではないと分かっていても、葵は月並みな言葉を口にした。怜香は消耗しているだろうに、葵に頭を下げる。


「来てくれたの。ありがとう」


 怜香はもともと父・姉と一緒に暮らしていた。二人ともいなくなってしまうと、身内はだれもいなくなる。悲報が入ってから、誰にも愚痴すら言えずにずっとこうやって隠れていたのか、と思うと重苦しいものが葵の胸を満たした。


 葵は一階の惨状をざっと説明し、ここにいると危ないのだと説明した。父と姉の思い出の詰まった家から離すのは酷だが、怜香がいるうちに放火でもされたら本当に取り返しがつかなくなってしまう。


「大事な物だけ持って、とりあえず家に来い。いつまでいてもいいから」


 葵はぐずる怜香の尻をたたき、ようやくリュック一つに荷物をまとめさせた。二人手をつないで階段を駆け下り、今度は玄関から外に出る。


 玄関や窓ガラスの損傷にも顔をしかめたが、怜香が最も顔をゆがませたのが庭を見た時だった。ひ、と声にならない彼女の喉の動きが、派手にわめかれるよりかえって痛々しい。


「葵ちゃんの花、なくなっちゃった」


 荒らされた花壇を見て、ようやく怜香がぽつりと言う。そういえば、彼女の姉の京香きょうかが植える時に二人一緒に手伝いをしたのだ。そのとき植えた花を、なぜか怜香はずっと「葵ちゃんの花」と呼んでいた。


 葵は何も言えなくなって、手を伸ばしてくしゃくしゃと怜香の小さな頭を撫でまわした。


「がんばってうえたのに」


 今まで涙を我慢していた怜香が、せきを切ったように泣き出す。早くこの場所から引き離してやらないと、傷が深まるばかりだ。葵はなだめすかして怜香の手を引き、ようやく玄関の前まできた。その時、横から無神経なきんきん声が振ってくる。


「あら、怜香ちゃんじゃない。大変だったわねえ」


 見ると、隣の家の庭に小綺麗な格好をした女が立っていた。


「まあ、ひどいわ。かわいそうに。いったい誰がこんなことを。ねえ怜香ちゃん、何か見た?」


 女からの問いを聞いた怜香が力なく首を横に振った。が、女はさらに次々と言葉を続ける。


「でも貴方のお父さんもいけないことしたものよねえ。若くて出世したエリートで、今までさんざん良くしてもらってたのに」


 この発言を聞いた瞬間、葵は女をねめつけた。自分が大人の男でないことが、これほどいらだたしかったことはない。


「宅の主人も軍人なのよ。ちっとも手柄もたてないし階級は低いけど、部下を置いて逃げるような薄情な人よりはいいわよね。怜香ちゃんもほんとかわいそう」


 女の口元には薄笑いが浮かんでいた。この女、昨日までは順調に出世している隣家の主人をやっかんでいたのだろう。しかし、一夜にして立場が逆転した(と勝手に思っている)。


 他人の不幸が嬉しくて、ほくそ笑むだけでは済まずにボウフラのように沸いてきたのかこの下種げすが。葵は怜香をかばうようにして、女に詰め寄った。


「かわいそうかわいそう、ってさっきからうるさい」

「ま、何なのこの子は。かわいそうに思わないの」


 女のきんきん声がさらに大きくなって、葵は舌打ちをした。このババアの声帯には「大」と「特大」のつまみしかないのだろう。が、ここで黙るわけにはいかない。


「じゃあ聞く。かわいそうって思うんなら、なんで助けなかった?」

「ど、どういうことよ」

「俺がここに着いた時、お前の家は電気がついてたな。ずっと家にいたんだろ? だったらどうして止めに入らない? ここまで派手にやられたら普通気づくだろ」

「そ、それは」


 葵が理屈っぽく攻め立てると、女は一瞬口ごもった。が、子供だとナメた表情になりすぐ反撃してくる。


「こ、怖いじゃないの。女ひとりでどうしろっていうの」

「百歩譲ってそうだったとしても、通報するなりもっと早く様子を見に来るなりすればいい。その様子だと本当に何もしなかったらしいな」


 痛いところをつかれた女が、大きく口をあけた。聞くに堪えない高音の声が、葵の頭上から降ってくる。


「私に危険を冒せって言うの? あんた何様なのよガキのくせに。偉そうなことばっかり言って」

「俺は少なくとも、人の不幸に群がりにくるババアよりは偉いよ。そのヒジキみたいなつけまつ毛歪んでんぞブスが」


 女が思わず目のあたりに手をやる。葵はその隙をついて、怜香の手を引いて門から飛び出した。


 走って、走って。


 後からまとわりついてくる得体のしれない何かを振り払うように、二人は何も言わずに手をつないだまま走った。


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