おもしろきことの最中
目の前を天狗たちが、一塊になって飛んでいる。黒い翼がきれいに並んだ姿は、よく訓練された軍隊の隊列に似ていて誠に美しい。敵じゃなきゃよかったな、と要は少し惜しく思った。
「さて、これからどう動くかだな」
天狗たちと距離をとりながら、要が小声でつぶやいた。このまま帰ってくれるならいいが、止まるようなら手加減をする気はなかった。
二人はさらに天狗たちに近づいてみた。先頭に、疾風の姿がみえる。疾風は年かさの天狗たちとぼそぼそ話し合っており、要たちに気づいた様子はない。
「リアム、先頭の黒いのがそこそこ手強いぞ。あれを任せる」
「わかった」
二人が打ち合わせをしているうちに、天狗たちが武器を抜く。さっきより明らかに速度をあげて、一方向に向かって飛び始めた。天狗たちが本気で飛んだら、今の飛行装置の性能では追いつけない。
要が動いた。固く握った拳に、びりっと青い稲妻がまとわりつく。要が一気にその拳を降り下ろすと、稲妻が天狗たちの群れ中央に突っ込んだ。
「ぎゃ!」
無防備だった天狗たちは、雷の格好の的になった。体をのけぞらせる彼らを、かたっぱしから要が殴り倒して黙らせていく。
「出たな!」
一番早く体勢を立て直したのは疾風だった。体を翻し、刀を構える。が、要にたどり着く前に、リアムが疾風の前に立ちはだかる。疾風が降り下ろした日本刀を籠手で受け、蹴りを放った。疾風が体をひねって、その一撃をかわす。
「行かせない!」
「なんだ貴様は!」
面識のないリアムを見て、疾風の目に怒りが浮かんだ。リアムはそれに構わず、連続で蹴りを叩き込む。
「ぐ……」
全てきれいに入った。しかしリアムはスピード重視の分、一撃がやや弱い。疾風は何発か蹴りをうけながらも、その場に踏みとどまった。
「若!」
「先に行け!」
回りの天狗たちが、疾風を助けようと集まってきた。しかし、疾風は俺にかまうなと彼らを怒鳴り付ける。
「カッコいいじゃねーの?」
かばいあう姿は好ましく思うが、勝負は勝負。要は疾風以外の天狗たちをことごとく電撃の餌食にしていく。しまいには、戦えるのは疾風だけになっていた。
「リアム! そいつが降伏しないなら、手加減はしなくていいぞ」
「わかった」
まだ激しく組み合う疾風をいなしながら、リアムが返事する。要は天狗たちが復活しないか気をくばりながら、二人の勝負の様子をうかがっていた。
観察しているうちに、要は違和感を抱いた。疾風がちっとも楽しそうにしていないのだ。
(あの野郎、前とはえらく違うな)
要は直感で、疾風は自分と同じ、戦いが楽しくて仕方ない性格だと思っていた。リアムは若手の中では成長株で、少なくとも戦ってつまらない相手ではないはずだ。なのに、戦いを続けるどころか、さっさと切り上げようとしている。
(なんか急がなきゃいけない理由がありそうだな。しかも、奴らの内部がらみの事情で。とりあえず行かせてみるか?)
要がそう思ったところで、動きがあった。
リアムの蹴りを疾風がかわす。一瞬の隙をついて、疾風が抜け出した。そのまま、加速する。だが、要がずいっと前に入り込み、疾風の利き腕に肘鉄をかました。痛みに顔をしかめる疾風に向かって、要は聞いた。
「どうした。楽しくねえってか。せっかくの勝負だろうが」
「そこをどけ!」
会話をする時間も惜しいとばかりに、疾風が怒鳴る。じいっと要は疾風の顔を見据える。わざと言っている様子はない。要は一歩引いた。
「……どーぞ」
要の一言が意外だったのか、疾風が目を白黒させている。
「てめえでどけって言っといて、どいたらその顔やめろよ」
「…………」
「いいから行け行け。おまえとは楽しく戦いたいだけだ。言いたいことは後で聞く」
疾風はしばらく、歯をくいしばったまま迷っていた。




