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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
その参謀、十三歳
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格の違い

 瀬島せじまの右手には、短い乗馬鞭が握られている。それをひゅん、と振ると彼の横に一頭の馬が現れた。


 全身が淡い水色の毛で覆われた涼しげな姿は、この世のものではないが何ともいえず美しい。馬が体を震わせるたび、ぽたりと馬の体から水滴が落ちる。よく見ると馬の尾は魚の尾びれ、たてがみは深い緑の藻でできている。


 一対の人馬はじっと前方の様子をうかがう。奥では加藤かとうに対する苛立ちはついに頂点に達し、拳を固めた男たちが彼に詰め寄り始めた。


 その円が最も小さくなる一瞬を見逃さず、瀬島は叫ぶ。


「行け、ケルピー!」


 馬は瀬島の合図で、まっすぐに突進する。その体に澄んだ水流がまといつき、一筋の激流となって敵にくらいつく。


 どどどう、という水が押し寄せる音に加藤たちが気付いた時にはもう遅い。防御もろくにできぬまま、全員濡れ鼠になって地面に叩きつけられていた。火に比べて穏やかそうに見える水であるが、質量のある水が押し寄せた時の圧力はすさまじい。


 わずか五十センチほどの水流の中でも、人は歩行困難になると言われている。馬の体高ほどもある水流に巻き込まれ、立っていられるものなどいなかった。


「が、がはっ」


 ようやく水流から解放された隊員たちが荒い息をつく。銃も爆弾も水に押し流され、彼らの手元にはすでにない。あったとしても、ここまで水でびっしょり濡れれば使い物にならないだろう。


 葵の指示で、倒れている脱走者たちが次々に手錠をかけられていく。捕まったはずなのに、一様にほっとした顔を浮かべて、隊員たちに引ったてられていった。




☆☆☆




「えらい量の小判やで」


 大和やまとが奥に散らばっている小判を拾い上げる。水流に流されて泥に埋まっているものもあるので、掘ればもっと出てくるだろう。


「重いもんぶら下げてよう走ったもんやわ」


 欲にかられると馬鹿力を出すもんやな、といいながら大和は袋に掘りだした小判を詰めていく。


「おう、お兄ちゃん。それは俺のだって言っただろうがあ」


 不意に声がした。大和が振り向くと、加藤が立ちあがって自分の退路をふさいでいるのが見えた。詰め寄っていた部下たちにたまたま守られる形になっていたため、一人だけダメージが薄かったのだろう。


(どこまでも悪運だけは強いやっちゃな)


 そんな大和の心の声などつゆ知らず、加藤は懐から分厚い刃をしたサバイバルナイフを取り出し、大和に向かってゆらゆらと振る。


「返せよお兄ちゃん。それとも痛い目見たいのかあ」


 加藤は体をゆすって楽しそうに話し続ける。大和がじろりとにらみつけたが、怯える様子もない。


「こっちへ来いよお。刺してやるから。ぶすっと刺されば気持ちいいかもしれないぜ?」


 そう言いながら、加藤はふらふらと体を揺らす。大和は応戦すべく、昆を出した。ちらりと大和を見た加藤が、げらげらと笑いだした。


「俺はちゃんと分かってるんだぞ。それは、ここでは使えない。俺は賢いからなあ」


 確かに、大和の昆は狭い所で振りまわすには不利である。ここで十分な間合いを取ろうと思えば間違いなく天井にひっかかるだろう。一応それは認める。


「せやな」


 認められて嬉しいのか知らないが、加藤がかかげたナイフの切っ先がふっと大和からそれた。


 その一瞬を見逃さず、大和は持っていた昆を捨てて走り寄り、加藤の腕をがっちりつかみ、容赦なく上方にねじりあげる。加藤がバランスを崩し、片足がふわりと地面から離れた。


「でもな、お兄ちゃん。別にお前くらいなら、デバイス使わんでも勝てるんやで」


 昆を見せたのは、相手を油断させるためにわざとしたことだ。つかんだ加藤の腕を今度は下にぐっと引く。支えをすでに失っていた巨体はなす術なく、そのまま一回転してきれいな円を描く。


 地面にごん、と鈍い音を立てて巨体がぶつかった。ふつうの人間ならのびているところだが、加藤はなおも逃れようともがく。ほー、筋肉は飾りやないんやな、と大和は呟いた。もう一回きつめに腕をねじりあげる。


 大和はふっと、近寄ってくる何かに気付いた。仕方ない、奴にもちっとは花を持たせてやるわ。


「歯あ、食いしばっとった方がええで」


 大和が忠告したが、加藤は顔をゆがめ、は、とバカにしたように唇をつきだした。が、その次の瞬間、


「ぎえろっ」


という、トドに踏まれたネズミのような声をあげた。


 大和は加藤が白目をむいて失神しているのを確認し、立ちあがる。あおいが大和の傍らに立ち、加藤を見下ろしていた。とりあえず問題が解決したので、大和は手に持っていた燃えるゴミを放り出す。


「ええ蹴りやな。ストレートに奴の股間狙いおってからに」

「助かっただろ」

「別に俺一人でもなんとかなっとったわ。美味しいとこを取るなや。今まで大体人任せやったのに」

「別に」

「いちいち出てきたってことは、相当頭にきとったんか」


 そう言いながら大和は葵の表情を伺ったが、彼は相変わらず無表情のまま、加藤に手錠をかけさせていた。


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