訓練こそが本番を決める
昴にうながされて、また葵たちは部屋を移動する。今度の部屋には十人ほどの士官が、コンピューターの前にびたりとはりついている。その横で難しい顔をしながら書類を見ていた中年男性が、物音に気付いて顔をあげる。昴と若菜が、彼に向かって手を振った。
「来たよ、野上」
「言っていた見学の若い子たちか」
「ああ。あまり長居はできないが、少し覗かせてもらうよ。仕事をしててくれ」
昴がそういう間にも、中年の士官の前にはひっきりなしに書類が積み上がっていく。さっきの部署も決して暇ではなかったが、ここの時間の動きはまた別格だ。
「ここではなにをしてるんですか?」
疑問に思ったらしい怜香が口を開いた。
「主に仮想の検討だね。実際妖怪が攻めてきたらどう部隊を動かすか、常に検討している。車輪、弾薬、食糧、水、燃料と、僕たちが動かすものは無限にある。ことが起こってから考え出しても間に合わないから」
「そうですね。こんな手続きがあって、前線は支えられている」
怜香が感心して、じっと室内を見る。幸い久世の娘を見ても、嫌な顔をするような暇人はここにはいなかった。
「しかしえらい忙しいですな。情報の更新をマメにやっとるんかな」
和泉が大変やなあとつぶやいた。
「ええ、一時間に一回、偵察隊から新たな情報があがってくるので、必要があれば計画を作り直しますよ。まあ、どんなに備えてもシナリオ通りにいかないのが常ですが」
昴が肩をすくめる。
「軍だけでなく、民間企業との折衝もされているとお伺いしましたが」
今度はアメリカ側から質問が飛んできた。若菜がうなずく。
「ええ、最悪の場合ここにある車輌を全て使っても足りなくなるでしょうから。不足分は必要に応じて民間企業から借りています」
「強制的な徴収をしていた時期もあったようですが」
アメリカ側は遠慮せずに聞きたいことを聞いてくる。若菜はよくご存じですね、と言ってから続けた。
「富永家の時代はそうしてたみたいです。が、強制徴収を続ければいずれ誰も協力してくれなくなりますよ。彼らだって遊びで持っているわけではない。利益がなければ、明日の生活が行き詰まりますから」
「妖怪たちに襲われたら、最悪車は大破、運転手は死亡で何も戻ってこないしな」
横から猛が補足した。
「では、民間企業と交渉して代金を払う形ですね」
「そうですね」
「今のところ順調ですか?」
「大体は。もちろん企業もいろいろですから、相場の数倍の額をふっかけられることもありますけど。そこから適正な値段まで交渉するのはこの人の仕事です」
若菜が昴を指さす。
「ほかに苦労されたことはありますか?」
「基本はアメリカのシステムを踏襲されているようですが、日本独自の改善点はありますか?」
「保存食が工夫されていると聞いたので、現物が見てみたいです」
昴に向かって、矢継ぎ早にアメリカ側から質問が飛んだ。日本側も負けじと声を張る。室内の空気が、徐々に熱気を帯びてきた。
☆☆☆
そのころ、富士演習場では両軍の配備が完了していた。今回の合同演習は、対テロリストを想定した射撃シミュレーションから始まる予定だ。敷地内に備え付けられた建物の影に隠れながら、兵士たちがじりじりと目標に近づいていく。
中将は少し離れた車のモニターから、その様子を見守っていた。日本側の陸将が横にいて、同じように部隊の動きをチェックしている。
日本側の兵が、ハンドサインを使いながら前進する。今回彼らが持っているのは訓練用のレーザー銃だ。動きは全員きびきびしていて、気の緩みを感じさせない。
部隊が目標ポイントに到達した。ヘリコプターから降りてきた増援が加わり、全員ひとかたまりになって盾の影に隠れる。そのままじりじりと前進を続け、ついに兵士たちが目標の扉の前までやってきた。




