三千院の大動脈
「姉も私も、兵站輸送を見せてくださると聞いて楽しみにしておりました。なかなか見る機会がないもので」
隼人が言った。
「本当にいろいろなものが集まるところですから、見ていただいて損はないと思いますよ。車が来ましたので、皆さん支部ごとに別れて乗っていただけますか」
昴が如才なく駐車場を指さす。見てみると、確かにごつい軍用車が三台並んでいる。葵はじめとする神戸支部一行は、ひときわ大きな先頭の車に乗り込んだ。
車が動き出す。三千院の一族と怜香、大和しかいないため、特に新しい話題もない。だらだらした時間が流れ始めたので、葵が口を開いた。
「猛兄貴、榊事務次官のところの息子さんと友達なのか」
「幼なじみと言えるほど会ってもないが、向こうは悪くは思ってないようだ」
「しかし、どこで会ったんだ」
「榊さんに根回しするために、小さい頃、ちょこちょこ猛を東京に連れていってたからな。結果的にうまくいってよかった」
猛の代わりに昴が答える。
「官僚にコネがあるのはいいことだ。あの息子は官僚向きじゃないだろうが」
「自己主張が強すぎて無理だろうなあ」
一分の隙もなくスーツを着こなしているが、どこか滑稽な龍之介の姿を思い出しながら葵は言った。
「しかしなかなか難しい坊っちゃんなのに、よく馴染んだな猛」
聞けば、昴が頼んだわけでもないのに、猛はいつのまにかなにくれとなく龍之介の面倒をみていたという。
「だって、要と響に比べたら屁でもなかったし」
「失敬な」
要と響がきっとこちらをにらんできたが、葵は納得した。天才肌で、自分のやりたいことしかしないこの二人にふり回された後なら、たいていの相手は可愛く思えるだろう。
「あたしも響も扱いやすい子だったろうが。自立心の塊だぞ」
「あれは自立っていわねえ、自分勝手っていうんだ」
「……猛兄に訂正を求める」
当の本人たちには周りに迷惑をかけている自覚がないらしく、じりじり猛に詰め寄る。ちょっと車内の雰囲気が悪くなったのを察したのか、怜香が口を開いた。
「海沿いをずっと走ってるんですね」
「ああ、静岡の大きい道は海沿いにあるからね。昔の東海道の名残だよ」
昴がサッと怜香の話にのっかる。
「高速道路は妖怪に荒らされたところも多いけど、ここら辺の高速には軍が張り付いて警備してるのよ。なにせ首都圏と大阪を結ぶ大動脈だから」
「若菜さんもここの警備を?」
葵の母がおばさん呼びを嫌うので、昔から怜香は彼女を名前で読んでいる。
「今はやってないわね。私の後輩が引き継いでるわ」
若菜が外を見た。葵もつられて一緒に外を見る。この道はいつ見ても交通量が多く、大型のトラックがひっきりなしに行き交っている。そのせいで路面の損傷が激しいというのもうなずける話だった。
港の近くで高速道路を降り、車は三千院が管理している物流センターをめざす。しばらく走るとだだっ広い敷地が見えてきた。
「あれ全部、兵站の置場所なんか」
ちらりと遠目で見た大和が目をむく。確かにここの備蓄庫は巨大ショッピングモールにも匹敵するくらいの広さがあるので、インパクトは抜群だ。海沿いにある備蓄庫のため、かなたには船から荷物を下ろすためのフォークリフトとクレーンが見えている。
「船もあるん?」
大和の問いに、昴が答えた。
「そうだよ。単に積み荷をおろすこともあるし、配備船もきている」
「はいびせん?」
「簡単に言えば武器弾薬と食料を満タンに積んだ船だね。有事の時は動く補給所になる。紛争地では命綱になることもあるんだよ」
昴が説明してやると、大和は珍しくふんふんと話に聞き入っていた。




