攻める攻める攻める
聞こえてきたのは、憔悴しきった年配の男の声だった。葵はすぐに声の主に思い至る。
「御神楽……新さんですか。はじめまして、三千院葵です」
「あ、ああ。よろしく」
新の顔が、葵の目の前のモニターに大写しになった。新が汗をふきながら、しきりに基地のことを気にしている。葵はゆっくり顎をなでてから話し始めた。
「基地は無傷とは言えませんが、司令機能は維持しています。大型の妖怪たちも一体は撤退、一体は死亡。楽観は禁物ですが、最も危険な状態は過ぎました」
報告を聞いて、新がほっと息をつく音がする。その横から、げらげらとひどく意地の悪い笑いが聞こえてきた。
「相変わらず肝心なことは隠しよるな、クソガキ」
葵はすぐに声の主に反論する。
「まだ生きていましたか、根性曲がりのド腐れの出来損ないが」
「誰が出来損ないや。儂にないのは両足だけやで」
「品と美貌と善良さがない人間がキャンキャン吠える様は気持ちいいです」
「こ、の、が、き」
葵がぽんぽんと言い返すと、怒りで拳を握る淀屋の顔が画面に大写しになった。その横で、新が呆れている。周りがはらはらしている気配を感じながら、葵は淡々と言葉をつなぐ。
「あえて隠したわけじゃないですが。新さん、今一番危ないのは息子さんです。和泉さんが、この大阪自体を危機に陥れた黒幕と戦っている」
新は葵の言葉を聞いて、少し体をこわばらせたものの、すぐに気を取り直した。
「さよか。まあ、和泉なら最善を尽くすやろ」
「……正直苦戦するでしょう。息子さんが戦っているうちは航空機も付近を飛行できず、デバイス使いたちもSクラスでなければかえって邪魔になります。決着がつけば上空にいるデバイス部隊が介入しますが、それまでは息子さんは援護なく一人で戦うことになる」
葵はペットボトルの水を一口飲んでから、続ける。
「息子さんが戻ってこられなければ、再び妙な霧をはられる前に手をうたなければなりません。航空機の全力射撃とデバイス使いたちが入り乱れての戦になります。引き続き、市民の地下への避難指示を徹底してください。そのジジイが邪魔するようなら倉庫にでも入れといてください」
「わかった」
儂を無視すな、と怒鳴る淀屋が画面から消える。静かになったところで、新が独り言のように言った。
「和泉は、勝てるか」
葵はわずかに口角をあげて返す。
「勝ってもらわねば困ります」
☆☆☆
和泉は、容赦なく叩きつけてくる血の弾丸の猛襲に耐えていた。自身の回りに何重にも巡らせた風の防壁が、和泉の体を守ってくれる。台風の中に傘なしでつっこんだ時のように、ばたばたとやかましく耳の横で音がした。
幸い和泉の気力・体力共に充実している。このまましばらく耐えることは、十分に可能だった。しかし、相手がいっこうにこちらとの距離をつめてこない。
(いつまでもこれでは、らちがあかんな)
和泉は決断した。均衡状態を破るため、ぐいと足を前に進めて氷雨に歩み寄る。
「!」
仕掛けようとした和泉の頬を、血の弾丸がかすめる。和泉は反射的に鎌鼬を打ち返した。それが氷雨の長い髪に当たり、髪が一房ぼたりと落ちる。お前のやりたいことはわかっているよ、と氷雨に言われた気がして、和泉は舌打ちをした。
結局接近はかなわず、和泉と氷雨の向かい合っての攻防は続いた。しかし、しばらくたつと和泉の待っていた状況が訪れた。
氷雨の放つ血の弾丸の数が、だんだん減ってきたのだ。どれだけ強い妖怪であっても、一体で大阪上空を覆うほどの力を使っていればそうなるわな、と和泉は内心ほくそ笑む。
和泉は一気に走り出した。氷雨の眼の前まで距離をつめ、彼の腹に空気の塊を叩き込む。人間が腹にフックを入れられた時のように、氷雨が体を折る。
チャンスを見逃さず、和泉はさらに仕掛けた。反射的に体をかばおうとする氷雨に狙いをつけて鎌鼬を次々と放つ。氷雨が放った血の刃で何個かは叩き落とされたが、大部分は彼の体に命中した。仕立ての良い黒い着物が、ざっくり切り裂かれて見る影もなくなる。
(いける!)
 




