紫電一閃
「な、なにこれ」
「暁の女神、ゾーリャは光を操るデバイスさ。普段は夜間偵察に使うんだけど……敵の至近距離で使えば目くらましになるってことさね」
神戸からきたデバイス使いたちに、ゾーリャの持ち主が解説する。閃光が消えて、人間たちは顔をあげた。照明弾に等しい光ををまともに見てしまったスキュラは、まだ目を押さえている。
「一気にいくか?」
「いや、不用意に近づかないほうがいいねえ」
塚原と呼ばれていた、ジーパン侍がはやる一行をおさえた。その決断が、デバイス使いたちの身を守った。スキュラが反撃を開始したのだ。
「ええい、いまいましい。犬ども、やっておしまい!」
スキュラは腰の犬たちを差し向けてきた。犬たちも閃光で目がくらんでいるはずなのだが、なぜかまっすぐにこちらを目指してやってくる。
「匂いで何とかしようってか、犬だけに」
「甘いですわ!」
絹子がバラの花を、犬たちの顔の前で咲かせる。咲き誇った大輪の花は、犬たちの花の真正面で大量の花粉を吐き出した。
「ぎゃうん!」
犬たちは悶絶した。しかし、怒り狂うスキュラの意思をうけ、再度こちらに向かってくる。音だけを頼りに、犬たちは大きく口をあけたまま、とにかく触れるもの全てに噛みついてやる、という勢いでつっこんできた。
これには絹子の顔がひきつった。逃げ出したいが、そうすれば必ず音が出て敵に気づかれてしまう。そうかといって、じっとしていたとしても、六つもある犬の首をかわしきるのは不可能に近かった。
「テュケ!」
絹子が唇をかんでいると、また新たなデバイス使いから声があがった。今度は背の高い、みごとな純白の髪をした老人が、腰のベルトからさっと動物の角を取り出す。角の中は空洞になっており、そこにはいっぱいに花が詰め込まれていた。
「みんなじっとしていなさい!」
老人に凛とした声で言われ、物陰に隠れようとしていたデバイス使いたちが動きを止める。おうおうと吠え狂う犬たちの中にあって、動くなというのは拷問に近い。が、白髪の老人の自信に満ちた様子に影響されて、全員がその場にとどまった。
それが幸いした。荒ぶった六つの犬の首が力の限り暴れまわっているのに、なぜかそれが全て人間たちをすり抜けていく。犬の首が当たるのは放棄された装備や壊れた石垣ばかりで、かえってダメージを受けているくらいだった。
何が起こったのかわからず、みんなで無言で目を見合わせる。背の高い老人だけが、唇に立てた人差し指を当てたまま、にこにことほほえんでいた。
そのとき、じっと息を殺している集団の中で二人だけ、じりじりとスキュラの本体に近づいていく人間がいた。
一人は甲冑かつ髷姿の薬丸、もう一人は長髪にジーパンの非常にラフな姿の塚原。表情も、薬丸はらんらんと目を輝かせているのに対し、塚原は実にもの静かだ。何から何まで対照的だが、二人ともこそりとも音をたてずに歩いているのだけが共通していた。
一体どうしたのか、と怪しむが声は出せない。忍び足でじりじりと歩く二人の後ろ姿を、残りの面々は息を殺して見守った。飛ぶことも走ることもなく、薬丸が攻撃をかわしきって、スキュラの真下まできた。それを見定めた塚原が地面にしゃがみこむ。
次の瞬間、薬丸が腰をかがめ、刀に手をかけた。犬たちの首が薬丸のすぐ近くまできた時、彼が動いた。
「きえええい!」
空気をびりびり震わせる、薬丸の大音声が響きわたった。続いて、薬丸が腕を下から上に大きく動かす。薬丸は移動しながら何度か同じ動作を繰り返す。他の人間が「あ、居合いだな」と認識したときにはすでに勝負は決まっていた。
薬丸が刀を下ろしてからちょうど一呼吸後。ずるり、と音をたてて次々に犬の首が下に滑り落ちていく。
「ひとつ、ふたつ、みっつ……」
薬丸が律儀に数を数えていく。その度に、ぼたりぼたりと血にまみれた犬たちの首が地面に落ちる。
「……むっつ」
薬丸が言葉を切った。最後の犬の首が落ち、スキュラの腹の辺りが完全に丸裸になる。




