余力は残さぬ
「……よかろう。ただし、機に何かあった場合の責任はとってもらうぞ」
「ああ、悪いな。乗ってけ、葵。最新機なら時速六百は出る。不測の事態は全て予想しておくべきだ。正直、準備が一時間半てのは相当きついぞ」
「ありがたく」
葵は迷う暇もなく飛びついた。中将専用輸送ヘリは、ここから近いヘリポートにあるという。まだ砂をかむような顔をしている中将に礼を言って、葵は部屋から飛び出した。早足で廊下を歩きながら、電話で実家に連絡をとる。
「猛兄貴、そっちは準備どうだ」
「まだしばらくかかる。もし準備できたら陸路で先に大阪まで行っておくか?」
「いや、全員ヘリに乗せて尼崎付近に着陸しておいてくれ。尼崎で、御神楽二尉を自由にしたらヘリが使えるようになる」
電話の向こうから、「やけに自信たっぷりだな」と猛が言う。
「理由を説明するか?」
「移動しながらでいい。うちのデバイス使いたちはヘリで待機させておく。お前も気を付けてな」
葵が気づかないうちに、前方に屈強なアメリカ人兵士が立っていた。中将から連絡を受けている、早く乗ってくださいという。ありがたい申し出を聞きながら、葵は早足で防衛省を飛び出した。
☆☆☆
通信中に俊と東雲が破壊された小型機器の修理ができないか見に行ったため、通信を終えた絹子をねぎらったのは大和と遥だった。
「お疲れ様」
「お疲れ。しかし東京は、えらいお偉いさんばっかりの会議やったな」
「本当に。三千院一尉には初めてお会いしましたけれど、ずいぶん自信たっぷりにものをおっしゃる方ですわね。……問題は、本当に三時間でなんとかなるのかというところですが」
絹子が腕組みをしながら、今後の対応について悩んでいる。本当に三時間で援軍が来てくれるのなら、予備隊も含めてデバイス使いを全員出動させることもできる。その方が明らかに戦いやすいが、万が一応援が時間内に届かなかった場合、一気に選択肢がなくなってしまう。
責任を背負って一人悶々とする絹子に、大和が後ろから声をかけた。
「三時間だけ持ちこたえたらええ。あいつが来るいうたら来るわ。多少無理が出たとしても、向こうで埋め合わせよる」
「三千院一尉をえらく信用してらっしゃいますのね」
絹子にそう言われて、大和は渋々うなずいた。
「腕だけはな」
心底嫌そうな大和の顔を見て、遥が笑った。
「あはは、葵と大和君は水と油だね。絹子さん、うちの弟のことだから手前味噌で悪いけど、僕からも太鼓判を押す。彼が来ると言ったらくるよ。必ず」
絹子は大きく息を吐いた。
「わかりました。予備隊も残さず、デバイス使いを全員出します。私も含めてね。これ以上死傷者を増やさないよう全力を尽くしますわ」
これを聞いて、室内の陸曹たちが一斉に体を硬直させた。
「……今井三尉、それだと後の指揮はどなたがなさるのでしょうか」
おそるおそる、陸曹たちの一人が聞いてくる。ふむ、と言いながら絹子は顎に手を当てた。
「デバイスを使わず、ここにいられる人間で……あとは階級順だと、御神楽三尉に」
室内の空気がひきつった。「恐れながら」と三人が一斉に声をあげ、誰が具申するか顔を見合わせている。
「……ですが、個々の適性を考慮して高橋一曹にお願いいたしますわ」
張り詰めていた空気が元に戻った。正方形に近い大きな顔をした陸曹が、前に進み出て絹子と交代する。
「精一杯勤めます」
「あなたなら大丈夫ですわ。後ろを任せます。では橘小隊長! 私は南、あなたは北。人員の振り分けはお任せしますわ。三好小隊長、小隊全員でAクラス隊員の補佐をお願いします。大型種にはみだりに接触しないよう注意して」
「了解しました」
「参りましょう!」




