葵の決断
「……和泉は不在。新もいない。佐官たちは市内で戦闘中」
「指揮は誰がとっているんだ」
「わ、私です」
鼻の穴をふくらませている二佐が一言こぼしたその時、若い女の声が通信に割り込んできた。画像が切り替わり、響の姿が画面から消える。かわって、やけにフリルのたっぷりついたピンクのコート姿の少女が現れた。
「今井三尉です。指揮は私が」
「君、その格好は……まあ、今はそれはいいか。なんとか耐えてはいるのかね」
服装規定はどうなった、と咎めたいであろうがそれを押し殺して、佐官が聞いた。
「さっきまでは。大型種二体が参戦して、一気に状況が危うくなりました」
葵は響がパソコンに飛ばしてくれたデータを全て確認する。日本には滅多にいない巨大な二体の妖怪を見て、思わずため息がもれた。
「確かにそうだ。スキュラにカリュブディス? ギリシャの妖怪たちが、なぜ大手を振ってここにいる」
「妖怪たちも国際化したもんだ」
葵のつぶやきを聞いた昴がぼそりと皮肉を言った。
「時間がありませんの。即座に応援を送っていただきたいのです」
今井と名乗った女が必死に食い下がる。葵もそれに異存はないが、問題は交通手段が特にないことだった。最も迅速に輸送が可能なのは空路だが、データを作成したときより状況は改善しているのだろうか。
「現在空中に霧が出現しているため、ヘリの使用が不可能なんです。驚いたことに、この霧は動物の血液でできています。それがプロペラにこびりついてしまうんですの。航空機なら飛行可能でしょうか」
今井が必死に訴えるが、幕僚や佐官たちは難しい顔をして腕を組む。
「いや、エンジンをやられるから同じだろうな。他の手段を考えた方が良い」
「しかし、鉄道は線路がやられて使い物にならないようです。道路も寸断されて、いけてせいぜい尼崎まで。港付近にも妖怪たちがうろついています」
葵の元に送られてきたデータを横から見ながら、昴が言う。今井が不安そうな顔になった。
「最悪、歩きだとどのくらいかかるんですの」
「神戸からだと、軍人の足でも八時間弱。現実的ではないな」
室内の議論が白熱する中、葵はずっとデータを見ていた。基地や市街地の敵の配置に、特に奇をてらった布陣ではない。しかし明らかに、大阪北部の敵配置が薄い。敵を封じ込めるなら真っ先に落とさなければならない橋も、ほぼそのままだ。
葵は目を細めた。当日はクリスマス間近で人員が少なく、佐官たちも基地から離れていた。囲みを突破できそうなのは、和泉とその側近くらいのものだろう。
和泉の性格からして、こういう時絶対に他人に押しつけたりはできない。そこまで読まれて、和泉は誘い出されている。よほど今回の敵は、和泉を大阪に置いておきたくなかったようだ。それはなぜか?
葵はしばらく頬杖をついて考えた。答えは割合すぐに出た。そして、次にとるべき行動もはっきりした。
「現在、御神楽二尉の部隊はどこに?」
葵が聞く。画面が再び響に切り替わる。
「御神楽二尉のマーカーは尼崎付近に移動」
「そこに霧はあるか?」
「現在その報告なし」
響の報告を聞いて、葵は決断した。
「三千院一尉。ずいぶん熱心に話を聞いているね。君が前線指揮官なのかい?」
中将が聞いてきた。葵はうなずく。
「ええ、普段は私が前線で参謀を務めています。今回も、許可さえいただければすぐに大阪へ帰るつもりです」
「交通路は軒並み使えないときているぞ。一体どうする?」
「空路を使います」
葵はきっぱり言い切った。通信を再び大阪城基地に切り替え、今井に話しかける。
「今井三尉、三時間だ。三時間だけ耐えてくれれば、必ず助けにいく」
「偽りはありませんわね? この調子では、こちらはデバイス予備隊をすでに使いきってしまいそうですわ。死んだら化けて出ます」
今井は品定めするように、葵の顔をじろじろと見つめる。葵は物怖じせず、今井の両目を見返した。




