来訪者が扉をたたく
「ちゃんと『たち』って入れとったやろ。自分だけ逃げたりなんかせん、ちゃんと部下も連れてくわ」
「突っ込まれたのはそこちゃう」
珍しく大和が東雲をたしなめた。
「だってそうやろ。父も兄もしっかりしてそうな久世もおらん、三千院の坊は東京や。アタマがおらん軍隊なんぞ信用なるかい。あたしにはデバイスの核と研究を守り抜く責任がある」
東雲は『弟に意見されるなど一生の不覚』という文字を顔に貼り付けたまま言う。
「……正直不安なのは僕も一緒なんですけどね。それでも、外に出るよりはここの方がましでしょう。市内に出たところで、妖怪がうろうろしてますよ」
遥が東雲をなだめる。
「しゃあないなあ。しかしうちにまで言いに来んでも」
「東雲さんには状況を知っておいてもらったほうが良いと思いまして。ことと次第によっては、ご意見をいただくかもしれませんのでどうぞよろしく」
「頼んない軍隊やなあ。で、フリルはなにやっとんや」
東雲はピンセットをもて遊びながら聞いた。
「さあ、それはわからないんですよ。今僕ら、休憩をもらったところで、そろそろ帰らないと」
遥がやや強引に話を打ち切ろうとした時、廊下の向こうから見覚えのあるピンクの塊が、ものすごい勢いでこちらに近づいてきた。
「き、絹子。待て、これにはわけが」
般若が優しく見えるくらい目をつり上げた絹子が、大和の目の前でぴたりと止まる。気の弱そうな一般兵が、絹子の背後で決まり悪そうにしているのが見えた。さあ爆発するぞ、と遥は身構える。が、絹子の口から漏れたのは、疲れたようなかすれ声だった。
「……非常事態ですわ。急いで対応を決める必要がありますの。二人とも司令室に戻って。東雲さんも、一緒にお願いします」
遥と大和は目を丸くして、絹子の顔をまじまじと見つめた。
☆☆☆
一同は慌ただしく司令室まで戻ってきた。すでに司令室には、比較的年がいった曹が数人集まっている。遥たちがおのおの手近な椅子に腰掛けたところで、絹子が口を開いた。
「使者が来たんですの」
「使者? 他支部からの応援ですか?」
「いいえ、淀屋からの使いだそうですわ。ただし確認しようにも、中之島と連絡が取れないので、今のところ外堀のさらに外――玉造門のところで待機させています。皆さん、この方たちに見覚えは?」
絹子がモニターの一つを指さす。門の前に、軍服に身を包んだ数十人の男女がいた。いずれも若く、平均年齢をとったら三十は超えるまい。その割に全員やたらだらんとした格好で、門にもたれかかったり座り込んだりしていた。
入れ替わり立ち替わり、モニターを見に人が近づいていく。遥も人の流れに乗って見てみたが、さっぱり覚えのない顔ばかりだった。
「これは道頓堀支部の松本くんやないかね」
「そうやそうや、こっちは鶴橋地区の村田さんですわ」
幸いなことに、遥以外の人間は使者たちを見てすぐに素性を言い出した。どうやら、全く軍に関係ない人間というわけでもないらしい。
「ご存じで?」
「みんなデバイス使いたちやで。支部が違うから、まだ今井はんは知らんやろうけど」
「あら、そうでしたの。それなら入っていただきましょうか」
「いや、先に用件を聞いた方がええ。悪い予感がする」
大和がやけにきっぱりと言い切った。曹たちが、驚いて一斉に彼の顔を見る。
「そんな失礼な……淀屋の代理として来てるもんを追い返したりしたら、後がややこしいで」
「坊、悪いことは言わん。淀屋の機嫌をあんまり損ねんほうがええ。あのジジイ、数十年単位で根に持つさかい」
さんざ周囲から責められても、大和は口をへの字の形にして聞き入れようとしない。
「仕方ありませんわねえ。マイク越しに会話してみましょう。けど大和、淀屋の機嫌を損ねた場合はあなた一人で彼の罵詈雑言をあびてくるのですよ」
とうとう絹子の方が折れた。モニターの前の椅子を引いて座り、備え付けてあるマイクに向かって話しかける。
「すみません、お待たせしました。やはり中之島との連絡がつきませんので、このままご用件をお伺いしてよろしいでしょうか」
「我々が信用できないとでも?」
不機嫌を隠そうともせずに、集団の中で頭一つ抜けて背の高い男が返事をした。
「申し訳ありません。規則でして」
「同じ軍属の顔も覚えていないのか。私だ、京橋の西江だ」
男が声を荒げた。絹子がむ、と頬を膨らませる。緊迫した空気の中、大和が何を思ったのかいきなりマイクに近づいた。
「用件が先や言うたら先や。ここは今襲撃を受けとる最前線やぞ。用心くらいして何が悪い。ムキになって否定するとこが臭いな、おまえら敵のスパイやないんかい?」
一気に言ってしまってから、どやと言わんばかりに胸を張る。顔面蒼白になっている絹子と他の一同をよそに、大和はひどく楽しそうだった。




