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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
その参謀、十三歳
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ラブストーリーは突然に?

「あ、また来賓らいひんが寝ましたね」

「うん、こっちもPTA会長が脱落したよ。副会長が困ってる」

「父兄も生徒も船漕いでますよ。いいかげん止めた方が良くないですか」

「しかし、内容は間違ってるわけではないからなあ。新入生代表、首席入学者のスピーチを勝手に止めちゃまずいだろう」


 何かしていないと自分たちも睡眠の海にのみこまれそうになるので、平の教師たちはひそひそと話をして気を紛らわせている。とがめるはずの校長はもうとっくに寝ているので彼らの中でいないものとみなされた。


 とにかく、スピーチしている生徒の声がまずい。声が低く人を心地よく眠りに誘う機能を持っている上、まったく感情の起伏なく淡々と話すため退屈さが複利付きで大きくなっていく。彼は真面目にやるつもりだと言っていたが、これでは嫌がらせに近い。


「……本来なら教師が起こして回るところなんですけど、これではね。寝てる人間の数が多すぎますよ」


 壇上の本人は白い肌に切れ長の目をした、中性的な美少年である。だが、スピーチ同様、彼の顔も仏頂面のままで固定されているので、呪われた像が壇上で訓示を垂れているような不気味さがある。


 彼の漆黒の髪は乱れなく綺麗に整えられていた。服にも一分の隙もなく、上まできっちりボタンを閉めたシャツをまとい、紺のブレザーにも埃ひとつ見られない。なんだか、全体的に人間味の感じられない男であった。思考機械のようなさまを見て、入学試験、全教科満点という伝聞は嘘ではないと教師たちは実感する。


 頼む、早く終わってくれ。君が優秀なのはもうわかったから。


 教師たちが三十回ほど心の中でこう唱えた時、ようやく声が途切れた。壇上の生徒は一礼して音もなく、横の階段を下りて行く。歩く姿も隙がなく、背中に針金が入っていそうなほど背筋が伸びていた。


 かろうじて眠らず生き残っていた者たちから、彼に対しぱちぱちとまばらな拍手が贈られる。その音で眠っていた者たちが起き出し、慌てて手を叩いた。


「……あとで一言だけ、彼に助言しときますか。とりあえず、この状態は望ましいとは言えませんから」


 一番年かさの教師が、心配そうに告げる。一同は深く頷いた。


「そうですね」

「名前、何ていいましたっけ」


 急に振られた質問に、年かさの教師はええと、と手元の用紙に目を落とす。


あおいですよ。三千院葵さんぜんいん あおい



☆☆☆



「納得がいきません」


 式を終え、最初の実力テストが終わってから、葵は職員室に呼ばれた。他の生徒はとっくに帰路についているにも関わらず、自分だけ呼び出されたのが気に喰わない。わざと、経でも詠むように一本調子でそう言った。ただでさえ表情のない自分の顔はまるで能面のようにのっぺりしていることだろう。


「うん、まあ、内容は良かったよ? でも、声の調子とかね、表情とか。もうちょっと工夫してくれると嬉しいかなって」


 教師が泣きそうな顔で懇願してくるので、哀れになって葵は素直に頷いた。どんな風に出てくるか、と相手の様子をうかがっていた教師がほっと胸をなで下ろしているのがわかる。


「もう帰っていいですか」

「ああ、構わないよ」


 もともと悪いことをしたわけではない。一通り通達が済むと、あっさり葵は解放された。やれやれ面倒だった、と思いながら首を振って出口に向かう。


 その途中で、職員室の一角を通る。そこで数人の教師が難しい顔をして額をくっつけあっているのを見て、葵は興味をそそられてじっと耳をすませた。教師たちはよほど盛り上がっているらしく、葵の気配には気付いていないようだ。


「どうしましょう」

「スポーツ推薦なんてやるから悪いんですよ。だからあんなに私は反対したのに」

「そんなこと言ったって、入っちゃったものに今から辞めろとは言えませんよ」

「しかし、太陽が西から上るなんて書くレベルで、うちの授業についていけるんでしょうか」

「こっちには、カンガルーは卵を産むって書いてますよ」

「補習だ」

「補習ですね」


 どうやら、よほどドン底の成績の生徒がいて、その対応に追われているらしい。延々と教師の嘆きと、補習を求める声は続く。新学期早々大変なことだ、と葵は同情した。しかしそれ以上は、教師である彼らが考えていくことである。聞き耳を立てているのを悟られぬよう、葵はある程度まで聞いたところで職員室を後にした。


 職員室を出ると、廊下には人影はもうまばらだった。少し離れた壁には掲示板がしつらえられており、その前に細身の少女が立っている。癖の全くない腰まである黒髪が、窓から吹く風に揺れていた。


 彼女は掲示板にじっと見入っている。葵も背後からのぞいてみた。新入生獲得のため、各部活が死力を尽くして製作したどぎついポスターが所狭しと張られている。しかし、派手すぎるが故にかえってお互い殺し合っており、一番シンプルな白黒デザインの囲碁部が最も目立つという皮肉な結果になっていた。


 葵はポスターから目を離し、立っていた少女に声をかける。


「すまん。終わったぞ、怜香れいか

「早かったわね」


 呼ばれた女生徒が振り向く。目の上でぱっつんと切られた前髪が、さらりと揺れた。二重瞼の下で、大きな瞳がくりくりと動く。誰が見ても美少女と言うであろう容姿だが、職員室に呼び出された葵を心配しているらしく、彼女の表情は暗かった。


「で、何したのよ」

「話が退屈すぎると文句を言われた」

「ああ、それはそうね。クラスの半分は寝てたわ」


 葵びいきの怜香の目から見てもあれはつまらなかったらしい。あっさり切り捨てられて葵は肩をすくめた。


「ま、その程度の事でよかったじゃない。次から気をつければいいの。なんなら一緒にスピーチの練習する?」

「いやそれはやめとく。適性のないこどに費やす努力ほど、無駄なものはないからな」

「えー、いいじゃないの」


 子供のように拒絶する葵を見て、ころころと怜香が笑う。高くよく通る笑い声が廊下に響き、くさくさしていた葵の気分を晴らした。今日はこれから行くところがあるのだ、暗い気分を引きずってはいられない。意識はいつも平坦に保つのが基本だ。


「……そろそろ時間だろう」

「あ、そっか。下駄箱こっちよ」


 怜香が差し出した手を葵は握ろうとした。が、横から見たこともない男の手がにゅうと生えてきて、葵は思わず差し出した自分の手をひっこめた。


「やあやあやあ」


 廊下に、調子のいい男の声がこだまする。今まで談笑していた見ず知らずの生徒たちが、一斉にこちらを向くほどの大きさだった。


 生えてきた手には真っ赤なハンカチが握られている。彼がそれをぐっと拳の中に握りこみ、再び開くとそれは一輪の赤薔薇に変わっていた。もちろんそれは造花だが、大した早変わりである。


 葵はその手の持ち主である男をじっと見つめた。身長は葵より高く、少し見上げる形になる。明るい茶色の髪は短く切りそろえられており、ワックスでもつけているのか端っこがつんつんと宙に浮いている。


 顔立ちは幼い。少なくとも葵と同い年であるはずなのだが、くりくりと良く動く猫のような大きな目と、横に大きく広げられた口のせいで年下にしか見えなかった。


 顔のパーツは整っており、普通に話しかけられたのであれば、決して女子に嫌がられる男ではない。人によっては、自分から声をかけたいと思うものもいるだろう。しかし、いきなり横から雲霞のごとく湧いて出てこられては、不審者以外の何者でもない。


「なんですか」


 ゴキブリの親戚に話しかけるような口調で怜香が言った。しかし男はその冷たい態度に戸惑った様子もなく、しれっと口を開く。


「一目惚れや。頼む、俺の彼女になってくれへんか」


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