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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
飛べよ翼が小さくとも
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怜香の不安

 怜香れいか和泉いずみに詰め寄った。


「それがそうもいかへんのや」


 和泉は後ろのモニターを指さす。そこにはさっき墜落したばかりの、車体がねじ曲がったヘリコプターがうつっていた。よく見ると、プロペラにべったりと赤黒い液体がこびりついている。


「パイロットの通信記録を見た。基地を出たとたん、航行不能になったそうや。特に風も強くないのに、プロペラがうんともすんとも反応せん。映像からプロペラになんらかの付着物があることは判明しとるし、上空に謎の霧が発生したという報告がある。奴らが空中になにかまき散らしたんや。しかも、通信回線は未だに遮断中。これでは神戸も京都もすぐに助けに来るのは無理や」


 怜香は顔をしかめた。陸路もダメ、水路もダメ、そして頼みの綱であった空路まで絶たれてしまった上に、市外と連絡も取れない。大阪城基地は、文字通り陸の孤島となってしまったのだ。


「食料や燃料は少し予備があるが、今のペースで撃ち続けたら弾薬がいずれ底をつく。なんとか補給線を回復させたいんや」

「具体的にはどうやって?」

「ヘリの付着物の解析が終わるまで空路は絶望的や。鉄道のレールもすぐには復活できひん。水路の妖怪も数が多すぎる。今のところ、使える道路を探して、車による陸上輸送を再開させるしかない。そこで敵に落とされる前に、できるだけ幅の広い橋を占拠することにする」


 和泉は地図を見ながら怜香に説明した。確かに、敵はまだ橋を落としてはいない。橋さえ何本か確保すれば兵庫の方へ抜けられる。空路に比べて時間のかかり方は段違いだが、途中で援軍と合流できるかもしれない。


「手始めに、噴水前の橋を抜けて新木多橋を確保、そこから淀川を抜けて尼崎まで行く。尼崎まで行けば、兵庫の軍と合流して帰ってこられるはずや」

「さすが和泉さん。それしかありませんわね」


 絹子きぬこが同意し、胸の前で手を組んだ。和泉は絹子に向かって頭を下げる。


「初陣なのにすまんな、しばらく頼むで」

「はい。あ、そうそう。中之島にかかる橋はどうしますの? あそこをつたって妖怪が来る可能性もありますわよ。なんなら爆破なさいます?」

「いや、中之島たちの兵がこちらに待避してくる可能性がある。隊員が橋を渡り終えるのを確認するまで爆破は待ってくれ」

「わかりましたわ。皆さん、和泉さんたちが帰ってくるまでなんとか頑張りましょう」


 絹子がげきを飛ばすと、部下の兵たちが不安を押し殺してうなずいた。しかしここまで説明を聞いても怜香は納得がいかず、絹子が采配をふるっている間に、和泉の服の袖を引っ張って物陰に連れ込む。


「ん、なんや。なんか意見があるなら今のうちに言うといてくれ」

「いえ、陸路を開くのに文句はありません。しかし、助けを呼びに行くのが和泉さんでなくても。今井さんにお任せしては?」


 怜香の頭の中では、さっきから危険信号が鳴り響いている。妖怪側も、ただ取り囲んだだけで終わりだとは思っていないはずだ。必ず第二波の攻撃がある。


 見たところ、指揮官になれそうな兵は基地防衛のためにあらかた出払ってしまっている。絹子はまだ若く、あおいのように入隊前から実戦経験があるわけでもなさそうだ。ここで和泉が抜けたら、それこそ手足はあるのに頭がない状態になってしまう。


「いや、それはもっとまずい。撃って出たとしても、進路の変更や急な敵の襲撃はありうる。そうなったときに、今年から着任の今井はんでは無理や。それに、九世くぜさんが先頭にたつのも難しい」


 和泉は気を遣ってはっきり言わなかったが、怜香にはその意味が手に取るようにわかった。怜香はここではよそ者で、なんの信頼関係もない。部下を見捨てたという九世の悪名だけがとどろいている可能性もある。そんな状態では、不測の事態があったときに軍をまとめきれるはずもない。


「迅速に救援を呼べれば、基地が危なくなるまでには帰れるはずや。今井はんもデバイス使いで士官試験合格者や、基本的な戦闘の知識はある。余計な正義感出して外に出たりせんかったら、この基地は一日二日では落ちることはないはずや」


 怜香は頭をかかえたが、和泉を説得しきれるような対案も見つからない。葵も海兵隊のお偉いさんと会談中なのだろう、携帯電話の電源が切られていた。とにかく一刻も早く増援を呼んでこなければならないのは事実、今ここで一人で決断しなければならない。


「わかりました、行きます。ご指示を」


 腹はくくった。怜香は大きく深呼吸して、和泉に向かって敬礼する。



☆☆☆



淀屋よどや、脱出のための通路はないんか」

「あるにゃああるが、出て貴様だけでなにができんねん。うちの兵隊つけてやるなんざまっぴらゴメンやで。死ぬなら一人で勝手に死ね」


 腰を浮かせたあらたに向かって、淀屋はぺっとつばを吐いた。冬眠前のクマのようにうろうろと歩き回る新とは正反対に、淀屋はずらりと並ぶモニターを見ながら、酒を満たしたグラスを手でもて遊んでいる。


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