空の道は閉ざされた
「絹子かいな。おまえも来とったんか」
「あら、この状況でデバイス使いが寝てなどいられませんわ」
「知り合い?」
気安い様子で会話する大和と少女の様子を見て、怜香が聞いた。
「今井はんの娘や」
「初めまして。今井絹子と申します」
絹子はきちんと頭を下げた。ピンク好きは遺伝か、と怜香は納得する。
「久世怜香です。この度はとんだことで。早速で申し訳ないのですが、状況を聞かせていただけませんか?」
「よろしくてよ」
つんとあごを上げたまま、絹子は話し出した。
「最初の異変は、今から数時間前にさかのぼるそうですわ。いつものように、数体の妖怪が川の表面を蛇行していた。見張りの兵が見つけたのはいいけれど、いつもの散発的な襲撃かと思って少数の部隊しか派遣しなかったようです」
それはそうだろう、と怜香は思った。あれだけ小規模の襲撃ばかりが続けば、「ああ、またか」という気のゆるみは避けられない。
「途中から急に敵の数がふくれあがって、小隊から連絡がとれなくなった。そこから事態を把握するのにさらに時間をくってしまったんですの。クリスマス休暇で人員がいないのも、さらに拍車をかけていますわね。その間に、向こうは川を埋め尽くし、近隣の主要道路や線路まで破壊していったそうですわ。海へ出ようにも、そちらへの道はすべてふさがれています」
怜香は顔をしかめた。対応がすべて、後手後手に回っている。
「電気設備が無事なのが奇跡ですね」
「あら、それももちろんやられていますわよ。市内の構造は向こうに把握されてしまっているみたいで。ここは自家発電装置があるからいいけれど、市内に入れば真っ暗なはずです」
「御神楽のお父さんは一体どこに?」
「淀屋さんと会談予定だったみたいで、中之島に。あそこもここと同じくらい、妖怪がびっしりで。非常用の電話回線も機能せず、抜けてくるのはまず無理だろう、という和泉さんの見立てですわ。
他基地との連携や市民の避難のために上官たちもバラバラに散っていますし、この基地のデバイス使いたちも緊急時に備えて内堀前で待機中。今のところ、あまり経験はありませんが、和泉さんが指揮をとるしかないのですわ」
父親やベテラン勢の士官たちの不在を聞いて、大和の顔がゆがんだ。
「親父は無事か? くそ、なんでこんな時に淀屋なんかと……」
絹子がはあ、とため息をついて大和の頭をたたく。
「大丈夫ですわよ。いくらあの淀屋でも、御神楽との取引がなくなるのは痛手なはず。緊急待避の設備に二人そろって入ってるに決まってますわ。それより、危ないのはここです。今ですら、外堀付近は攻撃を受けてますもの。わたくしも初陣で、どこまでやれるのやら」
絹子が指さしたモニターを見て、怜香はうっと息をのんだ。外堀の水の中に、うようよと巨大な蛇やサンショウウオがうごめいている。大砲がうなると一時ぱっと離れていくが、またぞろぞろと集まってきてきりがない。しかし幸いなことに、堀を越えて侵入してきた個体はいないようだ。
「今はあせって動かない方がいいですね。ここの守りは幸い、堅い。神戸も京都も至近距離です。ヘリが使えれば応援はすぐ来るはず。それまでなんとかもたせましょう」
怜香が拳を握った。大和と絹子が同意し、少し雰囲気が明るくなる。しかし、非情なことにその状態は長く続かなかった。
「二尉、ヘリが!」
正面のモニターに映っていた、深緑のヘリコプターの様子がおかしい。突然プロペラが動きを止め、ヘリの胴体が横倒しになる。操縦手がぱっとパラシュートで脱出した次の瞬間、長く伸びた尾翼部が大きくねじ曲がる。そのままヘリは尻から地面に激突し、大きく土煙が立った。ばらばらと地上にいた隊員たちが墜落現場へ向かうのが見える。
「……なんちゅうこっちゃ」
背後から、呆けたような和泉のため息が漏れてきた。いつも自信に満ちた優等生タイプの彼には珍しい。見かねた大和がばたばたと兄に駆け寄っていく。怜香は大和を引き留めようとしたが、もう遅かった。
「兄貴!」
「お前なんでここにおるんや!」
「あっやべっ」
兄からあれだけ病院にいろと言われていたのを、今になって思い出したらしい。大和がびくりと肩をすくめた。
「すみません、お手伝いできることがあればと思って」
「どの道、病院にいても邪魔なだけだろうからね。検査なんかできないよ」
怜香と遥が大和をフォローする。和泉もいつまでも弟にかまっている場合ではない、と思ったのか、怒りをすばやく収めた。
「まあええ。おまえと遥さんは奥の居住区で待機や。怜香ちゃん、早速やが俺と一緒に基地を出てほしい。今井さん、ここの指揮を頼むで。必要があればデバイス部隊も使って、なんとか持ちこたえるんや」
「え? 基地を出てしまうんですか? 危険ですよ、応援が来るまで待った方が」




