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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
飛べよ翼が小さくとも
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手足をもがれた大都市

「なんだ、やっぱり寒かったんじゃないですか」

「……あなた、本物のアホですの?」


 今井が心底あきれた様子で、双眼鏡を手渡してきた。何の心の準備もなくそれで前方をのぞき込んだ次の瞬間、柴犬しばいぬは叫び声をあげた。


「うるさいですわ」

「だ、だ、だ」


 だって、と言う言葉すら口から出てこない。双眼鏡を持った柴犬の手が、冷たい汗でぬれ始めた。


 いつもは静かにないでいる川の表面が、びっしりと妖怪たちで埋まっていた。その種類も多岐にわたる。

頭だけで数メートルはあるだろう、大きく裂けた口を持つ赤い魚がごうごうと口から火炎を吐いた。その傍らには、怪しくくねくねとうねる緑色の水蛇たちが控えている。大人の男くらいまで成長したサンショウウオが、河原をのしのしと徘徊し、その上の堤防のくぼみには、大きな蜘蛛たちが隙間なく太い糸を張っていた。


 今までの小規模なゲリラとは規模が違う。新米の柴犬でも、それくらいはすぐに見て取れた。なぜ自分が見張りの時にこんなことが、と天に向かって呪いの言葉を吐く。


「柴犬、泣いていてもなにも変わりはしませんわ。司令部に緊急出動の要請を。早く!」


 今井は柴犬と違って、まだ冷静に対処できている。上官から行動を指示され、柴犬は正気に返った。すぐさま柴犬は壁際の無線に飛びつき、震える声で部隊長に連絡を入れた。



☆☆☆




 はるかと会話をしていた怜香れいかははっと口をつぐむ。一度目に聞いたときよりけたたましいサイレンが、病院の廊下に流れた。鳴っている時間も以前のものよりずいぶん長く、数分鳴り響いてやっと止まった。


「この前より、ずいぶん派手なサイレンですね」

「これは警戒レベルが一番上のやつや。何か、大事があったに違いないわ」


 大和やまとが立ち上がった。それとほぼ同時に、和泉いずみ東雲しののめが帰ってくる。


「司令部へ戻る。お前はここに残れ」


 帰ってきた和泉はぼそりとそう言い捨てて、東雲と一緒に廊下を一直線に駆けていく。怜香や大和の質問など聞いている余裕はなさそうだった。


「……一応私も戻ってみるわ。本部へ行った方がまだできることがあるでしょうから。ここはこれからケガ人であふれるかもしれない」

「確かにそうした方が良いね。僕もどこか、邪魔にならないところに行くよ。動ける人間が、病院で場所をとっている事態ではなさそうだ」


 遥が淡々と言いながら、寝台から降りてきた。まだ少し顔は青いが、足下はしっかりしている。それとほぼ同時に、大和も勢いよく立ち上がった。


「俺も本部まで行く」

「さっきお兄さんが残れって」


 怜香が言っても、大和は動じずに食い下がってくる。


「どのみちこの状況で、落ち着いて検査なんて無理や。今んとこなんともあらへん、本部で荷物持ちでも土嚢どのう積みでも何でもやるわ」


 確かに、大和の言うことにも一理ある。それに、自分の慣れ親しんだ基地が襲われているのにじっとしてはいられない気持ちもわかった。怜香はしばらく悩んだ末に、大和も一緒に同行してもらおうと決めた。


「わかった。でも大和君、もし体に異常が出たらすぐ言ってね」

「よっしゃ!」

「本部まで戻って、状況を確認しましょう。遥さん、しばらく歩けますか」

「問題ないよ」


 三人の意見はまとまり、数分後には病院の外に出ていた。戦車や車両が通る可能性のある太い路を避け、なんとか基地の正門までたどり着く。昨日はぴったりとしまっている鋼鉄の門が、今日は大きく開け放たれていた。軍人たちがひっきりなしに行き交い、血走った目でおのおのの職場へ消えていく。軍人同士で肩がばしばしぶつかったが、誰も気にした様子はなかった。


 和泉がいる司令室はさすがに見張りの兵が立っていたが、血相を変えた大和がいることでなんとか突破できた。司令室の中に入ると、洪水のように士官たちの声と無線の報告が聞こえてきた。


「御神楽二尉! 市内、第一支部からの連絡が途絶えました」

「親父と連絡は取れたか」

「だめです、つながりません」

「市民の避難は」

「市街地から地下の緊急避難通路に入ってきてはいますが、どこへ誘導するかがまだ決まっていません」

「とりあえず最寄りの緊急避難所へ入れてくれ、誘導は切らすなよ。群衆が走り出したらパニックになるぞ」

「敵は本基地を全面包囲、対してこちらは人数が全く足りません」

「休暇に出とる連中を全員呼び戻せ。本来の編成にこだわらんでええ、小隊が組めるように手配や」


 怜香たちは部屋に入ったものの、息をのんで和泉たちのやりとりを見守るしかなかった。誰に話しかけたらいいのかもわからず、しばらくきょろきょろとあたりを見回していた。


「あら、大和ではありませんの」


 人混みの中から、栗色の髪の少女がこちらに声をかけてきた。ゆるくパーマのかかった肩までの彼女の髪が、ふわふわと揺れる。なぜか軍隊には不釣り合いなどピンクのフリル付きコートを着ていたが、それに突っ込みを入れる余裕は今のところなかった。


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