無敵など存在せず
「荷物をまとめろ。出発するぞ」
帰ってきた葵が淡々と告げると、全員の口から不満が一気に噴出した。
「え、妖怪たちはもう死んじゃったんでしょ? だったら俺たちが移動する必要なくね?」
則本が真っ先に不満を述べる。
「あの集団は死んだ。が、これだけが群れの全部と考えない方がいい」
仲間の血のにおいをかぎつけて、増援が来る可能性は高い。葵が噛んで含めるように説明しても、まだ納得できない顔をしている隊員や研究者がいた。
「でも、あと十数分もしたら救援が来るんだろう? ここで待った方がリスクが小さくないか。奴らがそんなに早く追いつくとは限らないんだし」
「そうだそうだ。こっちはデバイス持ちもいる。また来たって、さっきみたいに撃退してしまえばいいんだ」
(未だにこういう誤解があるのか)
飛び交う声を聞きながら、葵は拳を握った。仕方ない。彼らの甘えた幻想を徹底的に叩きのめすべく、葵は口を開いた。
「佐久間主任。襲ってきたのは後ろ脚四本、二股の尾、灰色の体毛の小型妖怪でした。この種族はなんですか」
「雷獣だね」
葵の問いに、佐久間が即答する。
「江戸時代にはかなり知名度の高かった妖怪で、雲に乗って移動することができる。そして、その時には必ず雷が鳴るという」
「最初にこの洞窟に入る時、鳴っていた雷はそれですね」
「そうだね、あの時気付けばよかった。……さて、僕の意見を言えば、移動した方がいいと思う。雲に乗って移動できるということは、地上を駆けるよりかなり速く動けると言うことだ」
「地形の変化を気にする必要がないからですね」
「その通り。しかも奴らは狼族で、鼻がいい。仲間の血の臭いは絶対に逃さないだろう。体の消臭処理をして、川沿いに逃げよう。ここの入り口をふさがれたら、今度は犠牲者が出るかもしれないよ。この洞窟内には、隠れられる場所なんてない」
佐久間が懇切丁寧に説明しても、不満はくすぶっていた。口をとがらせた隊員がぽつっと漏らす。
「でも、撃退してしまえば同じでしょう」
「この状態で?」
葵はその男を言葉で打ちすえる。低いトーンの一言とあいまって破壊力は抜群だった。葵よりはるかに年上の隊員が、即座に姿勢をただす。
「デバイス使いを見てみるといい。撃退できそうか?」
葵は怜香を指さした。彼女はようやく体を起こせるようになったものの、まだ壁にもたれかかるようにして座り込んでいる。一切弱音は吐かないが、山に入った時と比べるとその変化ははっきりしていた。
隊員が黙ったのを確認して、葵はさらに話し続ける。
「もっと情報をやろうか。あのクソ元気な御神楽大和が、洞窟入り口でへたばってるぞ。明らかにデバイスの使いすぎだ」
大和の立ち回りは、チームに安心感をもたらしていたようだ。その守護神が戦えないという事実をつきつけられ、さっきよりも皆がわかりやすく動揺する。
「終戦から五十年もたつと、デバイス使いを実際に見ることも少なくなった。デバイスさえあれば、無敵になれるというような思い込みも徐々に増えている」
実際、下士官だけでなく上層部にもたまにそういう考えをするものがいる。過小評価されるのはたまらないが、偶像化はさらに滑稽だ。その無駄な思考に振り回されているのが葵たちの現状である。
「では聞こう。本当に無敵なら何故、デバイス適応のないものの採用を縮小しない? 通常武器整備のための予算を削らない?」
葵は質問を投げかける。それに答えるものはいなかった。
「デバイスにも欠点がある。使用者の体力を著しく奪うんだ。よほど素質があって小さいころから特殊な訓練を受け続けていれば別だが、たいていのデバイス使いは一定時間が経過したら後方に下がらせるのが鉄則だ。そうしないと疲労で使い物にならなくなるからな」
先に銃撃戦で雑魚の数を減らしておくのが常識になったのもそのためである。銃撃で対応できる敵にデバイス使いが疲労させられるのを極力防ぐのだ。
「みんなよく覚えておけ。デバイスは確かに強力だ。ただそれは、適切な部隊運営と兵站があって初めて最大限に活用できるんだ。エースがいつでも万全だと思って、代わりのことなど全く考えないのは昔からの悪い癖だ。過剰な期待と努力の放棄は、自分の死を招くぞ」
葵が言い終わると、沈黙が洞窟内を満たした。その後不満が漏れることはなく、皆が黙って荷物をまとめ出す。佐久間がほっと息をついた。
葵は怜香に肩を貸して立ちあがらせ、出口へ向かう。両手がふさがったが、荷物は若手研究者たちが分担して持ってくれた。
「おう」
全員で入口まで出ると、大和が手を振っていた。ふらついてはいるものの、自力で歩いている。葵たちは再び安全な場所を求めて移動をはじめた。




