濃い商売人たち
「そんじゃ、仕切り直しといくか。遠いとこご苦労さん、儂が大和の父の御神楽新や。建築や鉄鋼を専門にあつかっとる。一応、この集りのまとめ役をさせてもろうとる」
父が怜香に向かって頭を下げる。
「僕は津田勇作。電子部品や通信機器の会社をもっとる。そういうのに興味がある友達がおったら、うちの会社に連れてきたらええ。見学大歓迎や」
津田が父に続いた。怜香がありがとうございます、と言い終わらないうちに、今井が割り込む。
「あたしは今井桃代。あだ名は子供の頃からずーっとももちゃんやったわ。ピンクが大好きなのもそれでかなあ。繊維や被服の会社をやっとるんやけど、今の一押しはこれやね、ロリータ」
「は、はあ……」
「日本のカワイイは今や輸出せなあかん時代やからねえ。肌を露出せんでもいいから、イスラム教圏でもいけそうやし。誰かええモデル知らん? ネット配信に使いたいんよ」
今井の勢いに押されて、怜香が口を開いた。
「ああ……そういうの似合いそうな人なら……。本人がやる気になるかはともかく」
「ほんま? その子の写真とかもっとる?」
「この前携帯で撮影したのなら。三千院のとこの響さんなんですけどね。あ、あった」
怜香が端末を見せるやいなや、今井がすさまじい勢いで怜香ににじり寄る。この子の連絡先を教えてちょうだい必ずうんと言わせてみせると、怒涛の口説きっぷりだ。よっぽど響がお気にめしたらしい。
「姐さん、商売熱心は結構やが、今はこの大阪を守るための話し合いをしよか。個別の話は、それが終わってからゆっくりな」
津田が止めに入った。ようやく今井が静かになってから、津田は父にむかって顎をしゃくる。父は軽くうなずき、話しだした。
「さて、妖怪どもに対する対策はだいたいまとまったと思う。ゲリラ的行為に対しては、徹底的にこれをマークする。奴らも完璧やない、数回、数十回補足出来れば動きのパターンが分かるはずや。取り囲んで動きを止められれば、もともと小さい集団やから怖くもなんともない」
確かに、と部屋の中にいる津田がうなずいた。
「敵のパターンを記録できるカメラがもっと要るな。増設させるわ」
「頼むで。もしかしたら、山の中まで敵を追う展開になるかもしれん。いざという時に野営できる軍部が敵の迎撃を担当し、警察はあくまで住民の警護と治安維持に専念するんや。警察には敵を見つけても手を出さんように儂から言うとく」
ここ大阪でも、警察と軍隊の軋轢は少なからずあるのだろう。父は首をすくめながら言った。
「最悪、住民の一時的な移住も考えなあかんかもしれん。無理矢理移動させて反感をかわんようにようよう注意すること」
「わかった。人間同士の戦争と違うて、そうそう敵になびくとは思えへんが、それでもな」
今井が同意した。うなずくと同時に、彼女の大きく結いあげた団子状の髪が揺れる。
「警備や設備にかかる費用の負担割合は、儂が三割、おふた方は二割五分。淀屋が二割。金はいつもの口座によろしく頼むわ。他になんかあるか?」
父が聞いたが、室内から質問はなく、会議はそこでお開きとなった。
☆☆☆
「和泉、大和。これから予定は」
津田と今井が会議室から出て行ってから、新が聞いてきた。
「怜香ちゃんに大阪基地の中を見てもらうわ。大和のデバイスの修理で、どっちにせよラボまで行かなあかんから」
「えらいすまんなあ」
大和が肩を落とすと、新はからからと笑いながら近づいてきた。そして細い手で、わしわしと大和の髪をかき回す。
「使うたらモノが壊れるのは当たり前や。命があっただけ儲けもんやと思え。儂らが想像した以上にようやっとるわ。まあ、周囲の助けもあるやろうがな」
そこまで言って、新は怜香に体を向けた。
「大和が世話になっとるようで」
「いえ、私は特に何も」
怜香は恐縮して、ぶんぶんと首を横に振った。
「謙遜せんでええ。これからもよろしゅう。今日は淀屋の毒気にあてられて、疲れたんちゃうか」
「まあ……肝のすわった可愛くないじいさんでしたね。奥様がボロクソに言われたのもわかるような気がします」
怜香がそう言うと、新はくっくと肩を震わせて笑った。
「可愛くないのは同意するが、肝がすわったいうのは違うで。あいつはすさまじく臆病な奴や。自信がないから、言葉で威嚇するんや。ほんまは今日ここに来とった誰よりも小心者で、慎重で、しみったれた奴やで」
「そういうものなんですか」
きっぱりと言い切った新の口調に、怜香が驚く。
「金のことでゴネとったんもそうや。奴かて一角の商売人や、自分だけ銭を出さんで済むとは思っとるはずがない。少しでも自分の出資分が減れば満足、くらいのもんや。今内心では大喜びしとると思う」
「皆さんはそれが分かっていらっしゃったのですか」
「なんだかんだで長い付き合いや、承知しとる。奴が扱っとるのは石油始め燃料関係や。供給を止められたら全員が困る。
それに奴の拠点の中之島付近の川は、ここの基地への貴重な物資の運搬路や。すねさせて、川を封鎖でもされたらかなわんからな。皆、多少の出費は覚悟の上や」




