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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
異界からのシシャ
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天狗との舞

 かなめは、主をなくして完全にあっけにとられている戦車の中の兵に向かって声をはりあげる。


富永とみながのおっさんも、葛城かつらぎも死んだ。今投降するなら、お前らの命は保証する。感電してまで富永の家に準じたいやつは、そのまま戦車の中にいろ」


 一瞬の沈黙ののち、戦車のハッチがぱかりとあいた。兵たちの怯えきった顔が、あちらこちらから覗く。が、全員周りの戦友たちの顔をうかがってばかりで誰も近づいてこない。じれったくなったのか、要が舌打ちをした。


「要。全員がお前のように考えられるわけじゃないわい」


 後ろから巌が孫の背中を叩く。同じ天才型でも葵と違って、要は自分より弱い人間の心理を読むことが苦手である。日常から隔離され、飛び抜けた天才であり続けたことの代償だろう。


 要は巌に背中を押され、はあと一つため息をついた。しゃあねえな、と言って要は一瞬で戦車の上まで飛び上がる。ハッチを閉めようとする若い隊員の腕を、無理矢理つかんで戦車から引っこ抜いた。


「投降するか?」


 ずいと端正な顔を近づけて隊員に聞く。命の危機と、絶世の美女という両極端な刺激にさらされた彼は、泣いていいのか怒っていいのか、決めかねたような顔でたたずんでいた。要は彼の顔に形のいい耳を近づけ、うんうんとわざとらしく大きく頷いてから、皆に向き直った。


「彼は投降するそうだ。生き残り第一号、おめでとう」


 そう言うと、要はぼんやりしている隊員を巌の方に向かってぶん投げてきた。足元でへたばっている哀れな彼に、巌はよろしくと会釈をしてやる。


「さあー、第二号は誰だ? 後は全員忠義者か? エラいなお前ら」


 要が再度問いかける。今度は、さっきより多くのハッチが開いた。意を決したように、三本の手が宙にあがる。


「よし、三人、両手をあげてこっちにこい! 武装は捨ててこいよ!」


 ハッチを開けた若者三人が、万歳の姿勢のままばたばたとかけてくる。その顔は悲しそうでも悔しそうでもなく、安堵の表情をうかべていた。


 その後は簡単だった。隊員たちがなだれをうって武装を放棄しはじめ、次々と巌の足元にうずくまる。十分後に巌と要で戦車の中を調べてみたが、戦車の中は全て空になっていた。


 捕虜たちを三千院家のものたちが整列させ、手際良く手錠をかける。完全に武装解除したと確認できたら外してやれよ、と巌は言い添えておいた。



☆☆☆



 あおいが実家に帰ってきた時には、すでに警報が解除され、全てが終わっていた。一緒に行くと言って聞かない怜香れいか以外は、先に帰らせて正解だった。この状態なら、早く帰って休んでもらった方がいい。


「終わったか。よう、直接会うのは初めてだな」


 ぼんやり佇んでいた葵に、要が声をかけてきた。確かに、この姉は五歳の時からずっとアメリカ暮らしなので会話は全てテレビ電話だった。葵はああとぞんざいに答える。


「なんだよ、つれねー弟だな」

「疲れてんだよ」

「ああ、そうかい」

「休んでもそっけないのは変わらないですけどね……でも、嬉しいとは思ってますよ、きっと」


 普段通り言葉の足りない葵にかわって、傍らの怜香が言い添える。要がはて誰だったろうかと首をひねっている。怜香が先回りして「久世くぜです」と名乗った。


「ああ、葵の彼女ね」

「い、いえそんなんじゃ」

「からかうようなことを言うな」


 葵は姉をたしなめる。怜香は顔を真っ赤にして、何故か葵をちらちら見ていた。


「ふーん、そういうことを言うわけ。青少年はややこしいねえ」


 要が腕組みをしながらにやにや笑う。葵は到底届かないと分かっていたが、要に向かって拳を突き出した。案の定要に軽くいなされて、やるんならもっと真面目にやれと言われてしまった。


「そういう自分はどうなんだよ」

「私と一対一で戦って、勝った奴となら誰とでも結婚するけど?」

「……生涯独身でいてください、お姉さま」


 葵は肩をすくめた。この姉とサシで戦って立っていられる人間がいるはずがない。せっかくの美貌も宝の持ち腐れだ。


 そのまま要を置いて歩きだす。姉が何も言い返してこないな、と思った次の瞬間、葵は要に後ろから思い切り突き飛ばされた。臓器をかばうように受け身を取り、辺りを見回す。


「伏せてろよ、葵」


 要が険しい表情で言う。けたたましい鳥の鳴き声が辺りにこだまし、周囲がとたんに騒がしくなった。


 自分はこの鳴き声の正体を、知っている。葵は自分のデバイスを起動させ、起き上がった。さっきまで気を抜いていた要が、臨戦体勢になっている。


 彼女の右手には今までなかった大剣が握られていた。都の日本刀とは違い、斬ることではなく叩きつぶすことに目的を置いている無骨な剣だ。


「怜香、気をつけろ。天狗が来た!」

「了解!」


 葵が叫ぶと、怜香が戦乙女を呼び、周囲の様子を探った。葵が空を見上げると、そこにはすでに数十羽の天狗がいて、こちらを睨みつけてきた。


 彼らの黒い翼は体を包み込むように大きく、威圧感がある。明らかにこの前出くわした木葉天狗このはてんぐたちとは格が違う面構えだった。


「おー、攻めてきたか。ドンパチやってる隙を狙ってくるとはなかなか賢い。褒めてやろう」


 要が前に進み出る。彼女の体からばちりと電気がはぜたのを見て、天狗たちは顔を見合わせた。


「……俺が出る。お前らは待機だ、いいな」


 天狗の視線が集まった先には、一人の若武者がいた。黒髪を大雑把にかり上げてスポーツ刈りくらいの長さにしている。ぐっとつりあがったきつそうな目が、ひるむことなく要をとらえていた。


疾風はやて様!」

「坊、気をつけろよ!」


 部下たちの声を背中に受けながら、疾風と呼ばれた若武者が、刀を抜いて一直線に降りてきた。


「なんだ、天狗にしちゃ顔が赤くねーな。ほとんど人じゃねーの」


 要はどうでもよさそうに呟く。真っ赤な顔に高い鼻の天狗をイメージしていたのか、少しあてが外れたような顔をしていた。


「はああっ!」


 気合とともに、疾風が一撃を放つ。しかし要は特に慌てた様子もなく、悠々と大剣でそれを受け止めた。


「なっ」

「狙いは悪くねーが、遅い」


 要が剣を振ると、疾風が弾き飛ばされた。疾風は空中で一回転し、再度要の周りを飛んでいる。


「こっちは狙わねーの」


 要が葵を指差して、しつこく要の周りを飛び回る疾風に聞く。


「兵でもないものを狙えるか、アホ」

「……」


 疾風は迷うことなく言い捨てた。葵のプライドが若干すり減る。要は面白そうにかかと笑った。


「そう言うと思った。お前もあたしと同じ穴のむじなだなあ。弱いもんと戦って勝っても、つまらねえ」

「笑っていられるのも今のうちだぞ」


 再び疾風が舞い降りてくる。要との斬り合いが始まった。


もうそろそろ第三部が終わります。

感想がないと作者が干上がってしまうので、気になる点や面白い点がありましたら

一言でもメッセージいただけると嬉しいです。

(めんどくせえ作者)

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