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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
異界からのシシャ
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嬉しい帰還

 白天狗のかたわらから、ひょこひょこと一体の黒天狗が出てきた。くちばしまで真っ黒な小柄な天狗だったが、その顔は派手に飯粒で汚れていた。鉄と呼ばれるこの天狗、実は大変に食い意地が張っている。飯炊きをさせれば必ずつまみ食いをするので、疾風はやてとヴィオレットは彼をからかった。



「あら素敵」

「鉄、またつまみ食いか」

「違います」


 ばつが悪くなった鉄は翼をはためかせながら、早口で話しだした。


「あれは飯がようやく柔らかくなったくらいの時分でございましたか――それがしが鍋の守をしておりますと、下がにわかに騒がしくなりましてな」


 動物の声や動きとは違う、金物かなものがきしむような音を耳にした鉄は身を起こし、下の様子をうかがったという。


「見ると、四角い塊が六つ、ありのように連なってぴたりと止まっておりました」

「塊? 人間が良く乗るクルマとかいうやつか」


 疾風が聞いたが、鉄は首を横に振った。


「それとはまた違う形でしたな。窓もなく、中央から大きな鼻が伸びておりました」

「鼻?」

「戦車だねえ、それ。こんな山の中で物騒なこと。あ、もうない」


 芋菓子が残っていないか、ずだ袋の中をいじくりまわしながらヴィオレットがつぶやいた。鉄が不思議そうに聞き返す。


「戦車?」

「戦うための車ね。伸びてたのは鼻じゃなくて、砲を撃つための管。この様子だと一発撃たれたみたい」

「そ、そうでございます。奴らいきなり撃ってきましたのです」


 不手際をとがめられるのではないかとびくついている鉄が、おそるおそる言いだした。彼の嘴がかちかちとうるさく鳴っている。


「一発だけ撃って、いなくなったか」

「ええ、私も一人でしたから応戦しませんでしたし。やつら、ふもとの方へ向かって行きましたよ」


 疾風に向かって鉄が背筋を伸ばし、報告した。


「麓か……」

「進行方向とは違うけど、どうすんの? 追う?」

「どうする、親父殿」


 疾風が白天狗に問いかけた。皆、じっと彼の返事を待っている。


「本来の目的とは違うが、いきなり撃ってきたつぐないはしてもらわないとな。疾風、追いかけてこい。ただし、無茶はするな」


 そう言うと、白天狗は一行を戦車を追うものと、野営地を再建するものに振り分け始めた。



☆☆☆





「艦が三隻大破、一隻横転か」


 海に向かって黙祷もくとうをしたのち、葵はぽつりとつぶやいた。いせやきりしまは生存者の救援にあたっているが、葵たちには帰還指示が出た。被害の軽かった艦の上に移り、ようやく一行は一息つく。


「人の被害もそうだが、艦の被害も甚大だな」

「一体何億飛ぶのかしらね」


 葵と怜香は甲板の上で、今回の被害額について話し合っていた。


「数百億は軽いでしょうね。こんごう型だともっと高くつきますが」


 中学生には似つかわしくない額の話に氷上が合流する。


「はい、これ配給品。二人ともさあ、船はまた作ればいいんだよ。人の被害をもっと気にしなきゃ」


 小兎ことが会話に首をつっこみながら、冷えた飲み物を出してくる。同僚を二人失った彼女から見れば、葵たちはずいぶん薄情に見えるのだろう。


「坊ちゃまの立場だとそうも言ってはいられないのですよ。護衛艦一隻作るだけで莫大な資金と資材が必要ですから。またの進攻に備えるためには、どうしたって艦の頭数がいりますし」


 ぶう、と頬を膨らませている小兎に向かって、氷上ひかみがたしなめてくれる。しかし、小兎はまだ納得がいかないようだ。若いな、と葵は呟く。


「予算予算って世知辛せちがらいなー」

「軍事は金だ」

「言い切った……」


 明らかに傷ついた顔をして、小兎は葵から遠ざかって行った。葵は止めずに、その小さな背中を眺める。


「怒らせてしまいましたな」

「本当のことだがな。部下のことを気にしていないわけではないが、それだけを話題にしているわけにもいかん。……純粋にああいう風に考えられるのが、少しうらやましくはあるが」


 葵はぼんやりと空を見る。薬丸やくまるがいつの間にか近寄ってきて、葵の背中をばしばし叩いた。


「まあ、軍資金はあるに越したことはござらん。刀なしでは武士ともいえぬ。あの子もいずれ分かろう。気になさるな」

「ああ、わかってる。ありがとう」


 葵はふう、と息をついた。勝ったとしても、戦闘の後はやるべきことが山積みで頭が痛くなる。怜香が慣れた手つきで肩を揉んでくれた。その横では、壊れたデバイスを抱えた大和やまとがうろうろと歩き回っている。


「なあ、俺のデバイス直るんか」

「核の生物がまだ生きてればな。一旦大阪に戻して検査は必要だろうが」

「また怒られる……あの地獄のラボ長に……」


 大和はがっくりと肩を落とした。あまりの落ち込みように、見かねた怜香が葵の耳元でささやく。


一筆いっぴつ書いてあげたら? 任務中やむを得ず、とか」

「……」

「ね、可哀そうじゃない」

「……あの馬鹿に渡すとなくなるだろうから、直接大阪に送ってやる」


 葵がぼそりと言い放つ。葵の後ろで、怜香が驚く声がした。


「優しいじゃないの」


 そう言いながら怜香はにっこり笑い、サービスですよーと言いながら葵の腕を揉み始める。


 船の先端で、霧島きりしまがやっほーやっほーと吠えている声が聞こえてくる。山がないのにやまびこが返ってくるはずもないのだが、本人はやたら熱心だ。せわしなく動き回っている乗組員が、ゴミでも見るような眼で霧島を見ていた。


「間もなく人工島です」


 アナウンスが流れる。目の前に人工島の港が見えてきた。コンテナの積み下ろしに使う大きなクレーンが見える。紅白の塗りとはめでたい、と薬丸が呑気のんきな感想を述べた。クレーンの向こうにはコンテナが山積みにされている。遠くから見ると、色とりどりのブロック玩具おもちゃのようだ。


 航路を通り、艦が泊地とまりちに入る。回頭かいとう、横移動開始のアナウンスが流れると、デバイス使いたちは全員ほっと息を吐いた。


「あー、やっと終わったよお。お風呂、お風呂」


 小兎が呑気に大きく伸びあがる。怜香と小兎がお風呂ネタで盛り上がり始め、助平心すけべごころ丸出しの大和がそちらへにじり寄っていく。


 葵は風呂トークに特に興味もなかったので、係船けいせんの様子をぼんやりと眺めていた。船から細いロープが投げられ、岸にいた作業員が慣れた手つきでそれを拾う。


 細いロープには太い係船索がつながっており、岸にあるビットと呼ばれる柱にそれが結ばれる。索の細かい長さを調節しながら作業は進み、合計六ヶ所の柱に係船索けいせんさくがひっかかった時、作業が終わった。


「ん?」


 作業員の身のこなしをじっと観察していた葵は、違和感を抱いた。どうももたもたして、手際が悪い。氷上や怜香に言ってみようかと振り返ったが、後ろには彼らの姿はなかった。


「皆さん、先に降りられました。三千院一尉さんぜんいんいちいもどうぞ」


 制服姿の隊員が、葵を促すように一歩引いた。ざっと見積もっても葵より十数センチは高い男たちが、冷たく葵を見下ろしている。


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