参謀の思考に休みなし
注意深く辺りの気配をうかがう。伏兵は見当たらない。大和はようやく昆をしまい、通信機を出した。
「終わったで。降りてこいや」
「良くやった。今から向かう」
葵に報告すると、即座に声が返ってきた。上から言われたのが気に喰わないが、向こうの方が階級が高いので仕方ない。
「すぐ抜いたるからな」
無線を切ってから、こっそり毒づいて憂さを晴らす。本当はもっと言いたかったが、それ以上は息が切れた。やはり立ち回りで消耗している。
まず隊員たちが手なれた様子でロープを伝って来る。それに次いで研究員たちがだいぶみっともない姿で落下してきた。
最後に怜香と葵が降りてくる。口しか動かしていない葵はぴんぴんしていたが、怜香は息が荒くふらふらしている。顔色が白っぽく、目がうつろだった。
「こいつを休憩させる。移動するぞ」
葵が口早に言う。大和も反対するつもりはない。素人目で見ても、怜香の疲労は群を抜いていた。
「無線で応援を呼ぼう。加藤三曹を早急に捕縛しないと、人間側の立場が悪くなるばかりだ」
佐久間の主張に、葵はうなずいた。
確かに、『無断で領地内に侵入してきた不審者にお帰りいただく』立場だったのに、加藤たちのせいで『先制攻撃をした上、相手の財産を盗んで逃げたクズ野郎共』にまで落ちてしまった。
「でも、応援がくるまでちょっとかかるやろ。どこで待つんや。相手から丸見えの場所でっていうのはマズいで」
「そうだな。避難場所を捜すぞ」
葵が携帯端末を起動する。位置捕捉装置が、現在地を赤い点で示す。荒れ地や樹林の地図記号のほかに、緑の三角印がぽつぽつ浮かび上がった。これは、先遣隊が残した避難場所を示すマークだ。
山小屋ほど設備は整わず、単なる窪みなどの場合がほとんどである。しかし雨露を気にせず設営ができるため、追いつめられた部隊にとってはありがたい場所だ。
一行は最も近い三角を目指して移動を開始した。曲がる道をゆき、時に岩場で足をとられそうになりながらも前進していく。
晴れているが、遠くで雷が鳴っているのが聞こえる。雨に降られると山道歩きが大変になると全員わかっているため、自然と足が早くなった。
「これか」
「ここなら大丈夫かも」
目的地にたどりついた。引きつっていた佐久間の顔がやっとほころぶ。
休憩場所は、大きな岩の下部にあるくぼみだった。先遣隊が内部の安全を確認すると、隊員たちは我先にとばたばた駆けこむ。遠くで雷の音がしていたので、濡れでもしたら敵わないと思ったのだろう。
さっきの洞窟と違って、大きくカーブした道はあるものの分岐はしていない。ひんやりとした入口部を抜けると、開けた場所に出た。岩が多くて寝そべるわけにはいかないが、めいめい適当なところに腰をおろす。
出入り口が一つしかない構造だったので、葵は不満だった。入口をふさがれてしまえば、袋のねずみになってしまう。だが、隊員たちは完全に腰を落ち着けている。移動したいと言っても、誰もついてこないだろう。
(仕方ない、最低限の用心だけしてここで休むか)
そう決めた葵は、則本に向かって声をかけた。
「通信機は正常か」
「はい、これ。一尉のはチェック済みです。もし壊れてたら俺が直しとくんで、他の人のも全部こっちにください」
則本が、作業が済んだ機器を葵に渡してくる。さっきまでのチャラそうな雰囲気はない。こまごまとした部品がついた基盤を引きずり出し、てきぱきと交換している。
その迅速な作業は、確かに彼のエンジニアとしての有能さを証明していた。葵が腕前を褒めると、則本はひどく照れる。
「親父が工場やってて、こういうのはしょっちゅうなんで。零細工場で人雇う余裕もなくて、大きくなったら働かされたし」
「そうか」
葵は則本の肩を叩いてから、洞窟の入口へ向かう。
「どこ行くんすか?」
「ちょっと本部と通信」
「携帯じゃないんですから、ここでも通じますよー」
則本の声が追いかけてきたが、葵は歩みを止めない。実は入口に行かなければ、やれないことがあるのだ。




