ついに洞窟で血が流れ
「ほ、本物か」
最後尾にいたはずの加藤が、すさまじい勢いでにじり寄って行く。押しのけられた則本が抗議の声をあげたが、加藤は気にした様子がない。
「偽物ちゃうの」
「妖怪の隠し財産かもね。だったら本物の可能性はある」
大和が鼻を鳴らしたが、佐久間がそれを否定する。加藤は三輪から小判を奪おうとじりじりしだした。則本も興味があるらしく、最前列に復帰する。
「えー、でも奴らにこんなもん必要ないんじゃないですかあ」
「単に光るものが好きな種族もいるし、頭のいいやつは人間との交渉に使ったりもしているんだよ。彼らにとっても貴重品だから、逃げる時に持ってきたんじゃないかな」
「マジですか。でも、本物の小判って相当高いんじゃないすか」
「本物なら、その大きさでも一枚で数百万するよ。今は金製品の値段が上がってるから、さらに高値がつくかもね」
佐久間の一言で場の興奮は最高潮に達した。どこで見つけたんだ、と三輪に口々に質問する。
「そこの横道入ったところよ」
三輪が広間から伸びている横穴に入っていく。さっきまでの逃げ腰はどこへやら、加藤はわき目もふらずに突進していった。続けて他の隊員たちや研究者たちも飛び込んでいき、広間に葵たち三人だけが残される。
「何をそんなに興奮してるのやら。数百万の小判なんてそんなに珍しくも高価でもないだろうに」
「せやなー。命賭けるには安すぎるわ」
「言っとくけど、そんな事思うのあなた達くらいだからね……クマ高の子ってお金持ちが多いなあ、やっぱり」
加藤たちの狼狽が全く理解できない様子の男二人に、怜香がため息をつきながら言った。
ここにいても仕方無い。先に入った一団からやや遅れて、葵たちも横穴に入って行く。できるだけ短い道だといいな、と思っていたが、横道は非情なほどに長かった。
あれだけの大人数が行動しているのだから、前方から話し声が聞こえるだろうと思っていたが、それもない。怜香が首をひねった。
「おかしいなあ。そこまで足の速い人ばかりじゃないんだけど」
なおも一同は我慢して歩き続けたが、行きついた先はただ岩肌が見えているだけのどんづまりだった。
「なんやと」
大和が岩肌をたたいてみるが、何の変化も見られない。本当にただの壁のようだ。大和は手に付いた泥汚れをズボンで荒く拭ってから、両手をあげた。
「どこへ行っちゃったの?」
「幽霊じゃあるまいし、急に消えるはずもない。一旦戻って、分かれ道がないか調べるしかないな」
葵が提案し、三人は来た道を引き返す。今度は両側の壁に目を配り、見落としがないか確認しながらそろそろ進んだ。
「お! ここも怪しいんちゃうか」
大和が立ち止まる。行きに見落としていた小道がそこにあった。通路が曲がりくねっているため、入り口側から見ると非常にわかりにくいところに分岐がある。
「しかしおかしいなあ。喋り声がしとったら、なんぼ見にくうても分かったはずなんやけど」
「声が出せない状況なのかもな」
大和に、葵は冷たく答えた。怜香が眉間に皺をよせながら、葵に聞く。
「それって、まさか」
「ああ、この先に妖怪がいるかもしれん。入るが、無駄に喋らん方がいいぞ」
「しかし、最初に三輪さんが入った時はなんもなかったんやろ?」
「私たちが広場にいる間に、戻ってきたのかもしれない」
「その可能性もある。もっと悪質なのは、最初から隠れていて、三輪が仲間を呼んでくるのを待っていた場合。……準備を整えている敵の真ん中に入った部隊、しかも素人こみ。大損害は免れんな」
怜香と大和が黙り込んだ。小さな分岐が地獄の入口のように見えてくる。予想がもたらす不快さを使命感で振り払い、葵は二人より先に小道に入って行った。
ひとつカーブにさしかかる度に前方を確認する。何もいないことが分かってから進む、という動きを数回繰り返した。
四つ目ほど曲がったところで、急に光が目に飛び込んでくる。一瞬周りが見えなくなった。葵は敵に先手を打たれたかな、と考える。
しかし痛みも衝撃もない。徐々に視力が戻ってくる。二、三回瞬きしてから、葵はあたりを見回した。
狭い通路の終わりは、小部屋状の空間になっていた。岩肌の一部が大きくえぐれていて、そこが洞窟の外につながっている。さっき見えた光は穴から入った陽光だったようだ。実に平和な結論である。
しかし、地面に目線を下ろすとその能天気な感想はかき消える。割れた木箱があちこちに散乱し、それを鮮血が赤に染め上げていたのだ。
小部屋の奥、外への穴の前。そこに作業着を着た男が、脳天を撃ち抜かれて倒れている。血の主はこの男のようだった。撃たれた時に飛び散った血は、壁にもその飛沫を残している。
男は頭を葵たちの方に向けていた。外に出ようとして、攻撃を受けたのだろうか。
(他のメンバーはどうなった?)
葵はさっと視線を一周させる。葵から見て左手側の角に、作業着姿の一団が。右手側には軍服の軍人が、それぞれくっつきあって座り込んでいた。
「おい、無事か」
声をかけると、全員が顔を強ばらせた。相手が葵だと認識して、ようやく彼らは体の力を抜く。
「何があった」
「……逃げた」
集団の一人が眼に涙を浮かべながら、ようやく声をあげた。




